初志貫徹

    ()  年月日

  足が震えている。自分では冷静なつもりなのに、身体だけが正直だった。

小学六年生の僕は、クラスのビブリオバトルの壇上に立っていた。紹介するのは、道尾秀介の『N』。読書紹介系の動画で取り上げられていたことがきっかけで知った一冊だが、実際に読み終えたとき、僕の中には確かな衝撃が残った。同じ出来事が視点によってまったく異なる意味を持つ構造。その精緻さに心を奪われただけでなく、物語そのものの力強さにも圧倒された。読み手の立ち位置によって真実が揺らぐという感覚は、それまでの僕の読書体験を一段引き上げるものだった。この衝撃を、できるだけ多くの人に体感してほしい。その思いが、僕をビブリオバトルへと突き動かした。

 準備期間は一週間。決して余裕があるとは言えない時間だったが、密度だけは誰にも負けない自信がある。台本を書き、削り、また書き直した。単なるあらすじ紹介で終わらせず、「なぜこの本は何通りにも読めるのか」「どこに面白さの核心があるのか」を自分の言葉で説明できるまで掘り下げた。声に出して何度も通し練習を重ね、言葉のリズムや間の取り方まで意識した。本番、心臓は激しく鼓動し、足は小刻みに震え続けた。それでも僕は止まらなかった。震えながらも語り切った。優勝が決まった瞬間、胸の奥に広がったのは派手な歓喜ではなく、静かで確かな達成感だった。努力は裏切らない。やり切った者だけが味わえる感覚を、僕はそのとき初めて知った。

 しかし、僕が「積み重ねること」の価値を学び始めたのは、それより二年半前のことだ。将来を考えたとき、英語は避けて通れないと感じた。だが当時の僕は、簡単な単語や表現を知っている程度で、文法の理解も十分ではなかった。ほとんどゼロからの出発だった。オンラインで英語の先生に教わりながら、一歩ずつ前に進んだ。しかし現実は甘くない。単語は思うように覚えられず、文法はすぐに混乱する。理解したはずの内容が翌日には曖昧になる。その繰り返しに、もどかしさを何度も感じた。それでも僕はやめなかった。覚えられないなら、覚えられるまで向き合う。分からないなら、理解できるまで質問する。地道な反復を二年半続けた。

 そして英検準二級に合格した。結果を知ったとき、込み上げたのは飾り気のない純粋な喜びだった。特別な才能があったわけではない。ただ、続けただけだ。その事実が、僕に大きな自信を与えた。努力は必ずしもすぐに結果を出すわけではないが、積み重ねれば確実に力になるのだと実感した。

 ビブリオバトルの壇上で震えていた僕は、決して完璧ではなかった。しかし、挑戦することを選び、最後までやり抜いた僕でもあった。英語学習で積み重ねてきた日々があったからこそ、あの壇上でも逃げなかったのだと思う。これから僕は中学からフィンランドへ行く。海外で、自分の言葉として英語を自在に操れるようになりたい。そのために、また一歩ずつ積み重ねていく。

 震える足で踏み出したあの一歩を、これからも忘れない。