スピーチ

    ()  年月日

 「がんばれ!自分!」わたしは自分を応援した。

 外国語の授業で先生に一対一で小さいスピーチをしたことがある。外国語の先生が「明日から、スピーチのテストをしようと思います」と行った時、少しドキドキした気持ちと楽しみと思う気持ちが混ざっていた。なぜなら、わたしは英語が得意な方で英語が好きだからだ。でも失敗したら恥ずかしいなとも思っていたからだ。そして「早く終わらせたいから明日やる人~」と先生が言ってわたしは手を挙げた。その後「じゃあその中で我こそが一番最初にやりたい人~」と言ってまたわたしは手を挙げた。別に自信があったわけではないが先生が「じゃあ一番自信がありそうな彩乃で」と言われ誇らしさもあったが、視線が一気にわたしに向けられて恥ずかしさもあった。そんなドキドキが混ざりながら本番になり友達が「がんばってね!」と声をかけてくれた。それで「よし!頑張ろう!」と思えた。場所は、コンピューター室いつもは外国語室と言っているがそこでいつも授業を受けていて、その隣の図書室でテストをすることになった。スピーチの内容は完璧に言えるからそこに+で理由を言うことにした。これで間違えたら「なんか気まずいな」となるがそうなりたくないから自分に「がんばれ!」と応援し続けて、なんとかミスなくスピーチをすることができた。

わたしは何かに向かって進むとき、「頑張る」と「努力する」という言葉をよく使う。でも、このふたつには少しだけ違いがあるように思うのだ。

「頑張る」は、今この瞬間に力をふりしぼって、全力で取り組むこと。たとえば、テストの前日に一生懸命に勉強するのは「頑張る」ことだ。短い時間でも気持ちを込めて、やりきろうとする姿がそこにある。一方で「努力する」は、もっと長い時間をかけて、コツコツと続けること。毎日少しずつでも勉強を続けたり、練習を積み重ねたりするのが「努力する」ということ。まるで、雨が降るたびに少しずつ大きくなるキノコのように、時間をかけて成長していくのだ。どちらも大切で、どちらも素敵なこと。大事なのは、自分に合ったペースで、自分の気持ちを大切にしながら前に進むことだとわたしは思った。ときには「頑張る」ことが必要なときもあるし、「努力する」ことが必要な時もあるのかなとわたしは思った。

 頑張ることとは、何かをするときに起こることであり、やる気を出すためのことだ。がんばることと努力することを同じと考えている人がわたしの周りにたくさんいるががんばることと努力することはまったく同じではない。前にも言っているが、がんばることはその瞬間に何かを全力で取り組んだり、短い時間で気持ちを込めてやりきることなのだ。長い時間をかけて、コツコツと続けて、何かを積み重ねていくことが努力することだ。このように物事にかける時間ががんばることと努力することの決定的な違いだとわたしは思う。

「よくがんがったな。自分。」わたしは自分を褒めまくった。