文化もパーソナリティーも

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 価値観とは、定義は何かと思うぐらい、価値観というのは難しいものであり大切なものである。実際に定義としては、いかなる物事に価値を認めるかという個人個人の評価的判断である。文化もパーソナリティも、多くの場合すこしずつ変化し、そしてときには大きく急速に変化しうるものである。文化のコードは長年の間にひとりひとりの人間の安全と満足をもとめる欲望があつまって、暗黙の合意のうちにつくりあげられてきたと考えられがちである。だからこそ人によって価値観は、変わるし、自分の中でも変化していく。小学生の頃の自分と今の自分では、比べられないほど違う。それは、いろいろな世の中の常識や経験を身に着けたからであり、また接する人が増えたということも理由として挙げられる。人や世代、国、時期などによって変わる価値観は、とても大切なものである。そんな価値観に対して人は、どうあるべきなのだろうか?

一つ目の意見は、自分の価値観通りに生きることは大切だということだ。人によってそれぞれ好みや考え方の違いは、あるものだ。それよりも同じであった場合の方が、経済的にも、政治的にも危ないのである。例えば、僕の学校では、「ワンピース」や「チェンソーマン」、「進撃の巨人」などの漫画やアニメが流行っている。しかし、それについていく、もしくはそれが自分にとって価値の高い、存在価値の高いものであるかというと話が変わってくる。しかし、人の流行りに乗るのが悪いというわけではなく、わざわざ興味なさそうなのに合わせる必要がないということである。実際にぼくは、周りの人たちにとっては見てない、知られてない本や漫画を読んでいるものの、自分がそれで満足出来ればそれでいいのだ。

一方、二つ目の意見として、時代ごとによる価値観に合わせて生きることも大切だという意見もある。ここ最近では、AIやコンピューター、スマホなどの新しい便利なものが次々に出ている。ただでさえ、今では中学生や高校生が連絡の手段やマップの一つの手段として使っていて、会社では、メールや会議などもすることがある。しかし、これらを使わないと流行りに乗れないどころから、生活に支障が出るレベルの話になってくる。よってこれらの価値を周りに合わせなければならない。昔話でも「狼と七匹の子ヤギ」の言われたことを聞かないと、結果良くないことがおきるなど、周りのいったことや風潮に合わせるというのが、とても大切である。

漫画のように、人によって好みがわかれるような、周りに流されないというのも大切であるという意見と、一方仕事や生活で今では、欠かせないものとなっているものを使わないといけないため使用するという意見がある。しかし、これらのことよりももっと大切であることは、価値観をみずから求めていくことである。価値観をみずからもとめていかなければ、何も新しいことや経験を積むことが出来ず何も成長しない。たとえ価値観を求めて、失敗しても経験となるし、成功しても得られることがあるのでメリットしかない。よって価値観をみずから求めていくことが大切である。