イスライルを旅していた時
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年月日
イエスかノーか答えはできているし、答えようと思えば答えられるのである。ただ、イエスの中にもいろいろなイエスがある。ノーの中にも同様にいろいろなノーがある。自分の心中をたずねてみて百対ゼロの確信でイエスが言える場合もあれば、五十五対四十五でからくもイエスに傾いている場合もある。その内容はとても複雑だ。
確かに、多数決で物事を決めることは大切だ。私は、生徒会としての仕事でたくさんの生徒たちの意見に触れてきたが、同じ議題でも毎回意見は山のように出てきていてまとめるだけでも一苦労である。十人十色という言葉があるが、千人千色と言ってもいいほど全員違う個性があり意見が違う、そんなにたくさんの意見を物事を決める際に一人残らず説得して満場一致にすることなど不可能に近い。現に現実の選挙などでは多数決で決められているし、誰も満場一致にしようなどとは考えない。
しかし、全員一致になるまで話し合うことも大切だ。生徒会は、12人の生徒で構成されていて、生徒会の話し合いでは全員一致になるまで話し合うことがある。例えば、三年生の受験激励会のメッセージカードを作る方法で話し合いになったことがある。大きな紙に付箋をつけて文字を作るか在校生みんなに三年生一人一人に書いて渡すかの二つの意見が出た。最初は別れていたものの、結局この話し合いは満場一致で3年生一人一人にメッセージを書くということになった。その後の作業はみんなが選んだ選択だからか、みんなやる気を出して無事メッセージを渡すことができた。もし、多数決だったら少数派の人たちに無理強い感がでてこんなにいい結果にはならなかったと思う。
確かに、多数決では少数派の意見が尊重されないし、大人数で全員一致になるまで話し合おうとすると果てしなく話し合いが続いたりする。しかし、最も大切なことは採決の際に自分の意見が尊重されていると思えることだ。例え、自分の意見が通らなかったとしても、自分の意見が反映されていたら誰にとっても納得できる結果になるだろう。