心の中には狂ったものが存在する

    ()  年月日

 あなたは興奮しすぎて、周りが見えなくなり、狂ったように物事に熱中していたことはあるだろうか。我々の心のなか、体のなかにある様々な傾向のものは、常にうようよ動いていおり、我々が何か行動を起す場合には、一定の方向を向く。そして、そのまま進み続けると、人間は興奮してゆき、「狂気」が現れてくる。しかし、「狂気」もそう永続はしない。興奮から平静に戻り、「狂気」が弱まるにつれて、正気に戻る。この好ましいものが少し長く続くと、これにあきて憂鬱になったり倦怠を催したりする。そして、再び次の「狂気」を求めるようになる。人間は狂気が必要だ。

 第一の理由は、周りを気にせず行動することができるからだ。体育祭の練習を行った際、応援歌を歌う練習があったのだが、私たちのクラスはみな控えめすぎで、このまま体育祭で確実に応援できるのか心配だった。しかし本番では、競技を見ているうちに皆が熱くなり、ほかのクラスよりも圧倒的に応援歌の迫力が強くなっていた。中には、興奮しすぎて、立って応援したり、選手の近くに行って熱狂したりしている人もいたが、その人は当然先生に止められ怒られていた。だが、この時は私も、声が口から勝手に出てしまい、人生かけて戦っているみたいに興奮していたので、あの時の自分はとても異常だったと、今でも思っている。このように、普段の冷静な時には恥ずかしいことも、狂気があれば周りを気にせず行動することができるようになるのだ。

 第二の理由は、笑顔が増えるからだ。私はいつも、自分が笑っていると、なぜだかとても楽しい気持ちになり、興奮してしまう。いつもの正気な自分は、決してやらないようなものにも、喜んで取り組むようになったり、周りのくだらない会話にもなぜだか笑うようになったりする。とくに、そんな時は様々なことに熱中できるようになる。2009年財団法人日本青少年研究所より「一日当たりの勉強時間」のデータによると、日本の中高生は8時間も勉強しており、一週間で56時間も勉強していることになる。普段の私は、そこまで勉強しておらず、始めても即座に飽きてしまうので、継続することができない。しかし、狂気になれば、あっという間に時間が過ぎて、あらゆることを吸収できるようになる。狂気があれば苦手な勉強もすらすらとできるようになれるので、より良い成績をおさめることができて、笑顔が増えると思うのだ。

 確かに、冷静に物事を判断することも大切だ。しかし、「夢があるから行動するのではなく、行動するから夢が生まれる。」という名言があるように、夢は自分で行動しなければ生まれない。けれども、我々は正気な時に自ら行動しようという発想は生まれず、自分自身が狂気になって物事に興味を示すようになると、何か行動しようと思えるようになる。そのおかげで、自分の夢が生まれるようになると同時に、新しい挑戦をするきっかけになるかもしれない。だから私は人間は狂気が必要だと思うのだ。私はこれから、狂気になり物事に熱中する際、興奮しすぎてほかの人に迷惑が掛からないよう、周りを見ながら行動していきたい。