頑張ったこと
()
年月日
「Bonjour!」
私は学校でフランス語を習っている。1年生の頃からBonjour(こんにちは)から始めて今では6年が経つ。私はフランス語が大好きだ。授業の中では国語の次に楽しいと思う。国語の先生に酒井先生というおじいちゃん先生がいるのだがその人のお話が毎度興味深い。しかしフランス語もそれに負けず劣らず充実している。ネイティブの先生と日本人の先生と一緒に話したり書いたり読んだり聞いたりと、まるで寺子屋のように騒がしい教室で、物語を作るのは私の楽しみの一つだ。
私が一番フランス語で頑張ったのは「DELF」という検定試験だ。delfとはフランス語の試験で国際的に通用するから留学やフランスに行くときに役に立つ。私の学校では6年生の人で希望の人だけ受けるというシステムになっている。普段の私だったらプリントが配られて「希望で」とついていたら最早それから先の文字は読まないくらい面倒くさがり屋だが、DELFのプリントが配られた時は何度読み返したことか。1年生の時に始めてひらがなを知った時のような高揚感を6年生でまた味わえるのは幸せだなと思った。フランス語が母国語のような日本人の先生に比べると、まるで赤子のようなものだった上に今までやってきたフランス語よりもレベルが上がったため一筋縄ではいかない所ではなく最初はわけがわからなかった。けれど何回も辞書を引いていくうちに少しずつ単語が増えていって本当に少しずつだが意味がわかるようになってきた。習うよりなれろ。ただ文法を知るよりも何度も聞いて慣れた方が良いのかもしれない。間違えることは多いが間違えたことを治すことに慣れることが大切。フランス語ができなかったときに折れずに頑張った私を今では褒めてあげたいと思う。
諦めないでただひたすらに頑張ることは大切だということを私に教えてくれた本として真っ先に思い浮かぶのは「海賊と呼ばれた男」だ。この本は、石油販売業「国岡商店」を営む国岡鐵造が戦後の日本の石油危機に立ち向かうという壮大な話だ。どこをとってもその頃の石油販売店とは異色の国岡商店だが、敗戦の影響で混乱が続いている中で「石油」という日本にはゼロに近い資源を求めて途方もない努力があった。まず石油を買うためのお金を賄うためラジオ修理をするという計画から始まる。しかしラジオを治すためには道具がいる。もちろん銀行にお金を借りようとしても「日本が負けた今、ラジオの修理をする必要はないだろう」と断られてしまった。もちろんラジオを修理することのメリットについて説明する資料は十分であったし、最終的に娯楽がないと一般市民は辛いだろうという正当な理由があってお金を貸して欲しいとなったのだ。私が今5行で語ったことよりももっと多くの工夫や説明があるのだがとても語れないのでここまでにする。始めて第一章を読んだ時の感想はというと敗戦後の経済で頑張ったこの人たちがあるから今があるのだなということだ。日本が負けたというだけでショックなはずなのに、そこからアメリカの支配を受けながらも「必ず日本を世界の一等国にする」という希望だけをエンジンにして走り続けたこの人たちを思うと、ちょっと歩いてお使いに行くのがめんどくさいだのなんだのと駄々をこねる私が情けない。国岡商店だけではなく日本のことを考えてどんなに批判や拒絶をされても諦めずに挑んだ鐵造のようになりたいと思う。自分の身を削ってまでも何かをしたいと思える何かに会えたら人生は幸せかもしれない。
人間にとって諦めずに頑張るということは人生や生き方から見て大切な財産になると思う。今はまだそれほど大切なものに出会っていないが、何かに邪魔をされてもやってみようと思える心は成長には不可欠だ。私も逆境を乗り越えられるようになりたいと思う。
「あれこの文章なんて言ってるんだろう?」