物との関わり

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 子どもたちの身体の異変は近年、いっそう顕著である。まず他者への無関心がある。他者への気配りがないわけではない。しかし、その気配りはすれ違っている。モノとの出会いの経験も、著しく貧困である。その端的な現れが道具の使用の経験の未熟さに見られる。言葉という道具においても同様の事情がある。「文字離れ」「活字離れ」は、いまや決定的と言ってよいだろう。もっと身近な物とのかかわりを持つべきだ。

 そのための方法としては第一に、物事の一部分だけで判断しないことだ。

中学1年生の時の英語の先生は授業が分かりやすく、面白かったが、ギャグがつまらないことと、宿題をやっていないと怒られたため一部の生徒から嫌われていた。中1が終わる時にその先生はいなくなった。中学2年生の時の英語の先生はとても面白くなく、また授業も分かりにくかった。中1の時の先生を嫌っていた子でさえ前の先生に戻ってほしいと願ったほどだった。

第二の方法としては、学校社会では、実験や調査など、物や人との関わりを必要とする授業に、もっと力をいれていくべきだ。私の学校では、SSHという国の指定する学校になっていて高1以上の生徒は全員探究活動を行うシステムになっている。SSHでは外部の方からの支援を受けたり、実験をする過程で実験器具の使い方や論文の書き方を学べたりする。生徒からすると面倒くさいものだが、卒業した先輩がとても役に立ったと言っていた。学校では運針という伝統もある。文化祭のバザーでは生徒は運針の糸で雑巾を作ってそれを売っている。100均で買うこともできるが、全員文句をいいながらも作っている。糸と針の関わりは強いと思う。

確かに、AIなどの情報を活用していくことも大切だ。しかし、AIを作ったのも動かしているシステムを作るのも人間であり、物を使っている。人と物のかかわりを大事にすることでいろいろな物が生み出されているのだと思う。