外界と内面

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 囲炉裏(暖炉)は、東西とわず、人間同士の結合の要であった。一つの火を通じて心が通い合う。そういう不思議な力を火は持っていた火が人間を接近させ、親密さを強める効果を持っていることをわれわれは直観的に知っている。火の共有による親密な人間関係に関係して、日本文化はいろんな工夫を凝らしてきた。人間は実用性を越えて、火を人間関係調節の手段としても活用してきたのであった。何かを共有する場は、人間の心を繋げてくれる。僕は、このような自分の気持ちを大切にしていきたい。

 その為の方法は第一に、自分の心の声にまっすぐでいることだ。"楽しい"や"嫌だ"という感情に蓋をせずに気づき、表現ができれば、状況が好転する場合がある。特に、「嫌だ」と感じる場合はその気持ちに気づきにくいためなおさらだ。僕も、これに沿った経験がある。中3の時、旅行先で足を怪我し、現地の病院で縫ってもらったことがあった。旅行後、抜糸のために近くの病院で診てもらったら、「傷口が開きかけてるので、再度縫います」と言われ、僕はそれが嫌すぎて泣きながら強く断った。そして翌日、別の病院に行ったら、「少し跡が残るかもしれないが、このままでも大丈夫」と言ってもらえた。本来は、感情と同一化しすぎずに、意見を落ち着いて伝えて解決策を探すのが一番だろう。しかし、僕には、そこまで冷静に対応することはできなかった。このように、相手側はこれが良いと思って行っているが、自分にとって必ずしもうれしいとは限らない。何より幸せであるためにも、その誤解をただすためにも、自分の心の声に気づいてあげたい。

 その為の方法は第二に、社会全体の価値観でも人の気持ちや心を大事にするようなゆとりのあるものにすることだ。近年、フリースクールの誕生など、少しずつ変わってきているが、未だに"はっきりした善悪"や、"数値への固執"、"失敗したら責める"などの外界に注目させ安心できない冷たさを感じるような風潮が強く根付いている。匿名性のあるインターネットではなおさらだ。しかし人は内面を感じるゆとりのある、寛容である場でこそ、力を発揮する。実際に、世界一のIT地域として有名なシリコンバレーも元は、東京のような都会ではなく自然豊かな農業地帯だった。そこに大学が誕生し、失敗しても問題ないというような風潮ができており、それによりGoogleなどの大企業が生まれたそうだ。

 確かに、熱や光をとるという目的がはっきりしているときに、合理的にその目的にかなった手段を選択することは大切だ。しかし、一見非合理に見えることも、幸福感などの人間の気持ちを含めて考えれば意味がある。「家とは、外から見るためのものではなく、中で住むためのものである。」という名言のように、外で起こることよりも、内側で感じることの方が重要だ。その出来事の感じ方によって、良い悪いなどは変わるからだ。そしてそれは人によって千差万別だ。外での出来事はただ起こるだけということだ。この捉え方をどんな時でもよい方向に持っていければ、より幸せに入れるはずだ。私たちはそうした気持ちにも目を向けていくべきではないだろうか。だから僕は、そのための第一歩として、自分の気持ちを大切にしていきたい