春よ来い
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年月日
窓の向こうにはあざやかな赤いうめ。ぼくはさい近、春をたくさん見つけた。まずさいしょにうめの花だ。ぼくのとなりのとなりの家にうめの花がさいていた。きのう行った各駅停車の電車で12駅、そこから乗り換えて4駅のところにある第一生命世田谷キューズガーデンというグランドでは桜の花がほぼまんかいだった。次に、ぼくの通学路のアスファルトのすき間からむらさき色のかわいい花がさいていた。調べてみるとその花は「ムスカリ」というらしく、点みたいな粒がたくさんついていた。さらに、おばあちゃんが見つけた春もある。それはたんぽぽだ。家の近くに生えていたそうだ。もういろいろなところに春がおとずれているんだなと思った。春は花がさいてきれいなのでうれしいきもちになる。春のいいところだ。
しかし、春にはやっかいなこともある。それは花ふんしょうだ。まさに花がさくとしょうじょうが出始める。さい近、友だちが花ふんしょうで目がじゅうけつしてしまったそうだ。ぼくはそんなに強いしょうじょうが出ないから目はじゅうけつしないけど、じゅうけつしたらいたいだろうなとしんぱいした。一方のぼくは、くしゃみがいっぱいでる。四回くらいまとまって出るくしゃみが数時間に一回くらいでる。こう考えると、春っていいところもあれば悪いこともあるんだなと思った。
ぼくのお父さんは、ゴルフについて春のなやみごとがあるそうだ。それはざっ草と、風だ。温かくなると、ざっ草が生えはじめて、ボールがざっ草にくわれるため、あまりころがらないそうだ。「転がりづらいな」とお父さんはため息をついた。そしてもう一つが風だ。春は風が強い。飛ばしたボールが風のえいきょうでちがう方向にいってしまう。これだけはどうにもできなくて、特にこまっているそうだ。春の風について調べてみた。「春一番」と呼ばれる風だ。ふつうの風ではない。春一番とよばれるにはいくつかじょうけんがある。まず、立春とよばれる二月四日くらいから、春分と呼ばれる三月二十一日くらいまでの間にふくこと、次に日本海側に低気圧が発達していて、風速八メートル以上の南寄りの風であること、最後に前日より大はばは昇温があることがじょうけんだ。ちなみに、北日本やおきなわはたいしょう外だそうだ。このじょうけんが一つでもそろっていないと春一番とはいえない。去年は風速が七メートルだったため春一番はふかなかった。ぼくはこれに対して、春一番てじょうけんがとってもおおいんだなと思った。ぼくは春一番はまるでとてもきびしい先生に合格をもらうようなものだと思った。なぜなら、きびしい先生は合格するためにじょうけんをいっぱいつけてくるからだ。
ぼくは春とは一年で一番いい季節だと思う。花ふんしょうなどのやっかいなところもあるけれど、桜や梅、ムスカリ、たんぽぽ、つくしなどいろいろな植物が生えてきてきれいだし、気温も暑すぎず寒すぎずちょうどいいきせつなのでせいいっぱいたのしみたい。ぼくにとっては、春というのはただのきせつではなく、一年で一番好きなきせつだ。春は花などのきれいさや心地よい気候の「楽」と、花ふんしょうの「苦」と合わせて、「楽あれば苦あり」のようだと思った。