参加型の良さ
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年月日
大相撲を初めて見に行った時、四六時中、観客席がザワザワしていて驚いた。見る人は静かに見守るべきだと思っていたからだ。演ずるものと見る者とを空間的に分離することは「美の自律性」という考え方で、美はそれ自体としての独立の価値を持つというものだ。このことから、コンサートや演劇では会場の照明を落とし、「作品」の世界だけに集中できるようになった。
私は、役割を分担せず、みんなで一つの社会を作り上げていきたい。
そのための方法として第一に、みんなが参加し協力することだ。私はみんなで作り上げた思い出の一つに合唱際がある。合唱祭というのはソプラノとアルトに分かれその二つのハーモニーによってできる音楽で、バランスも大事になってくる。例年私のクラスはアルトの声が小さくなってしまう欠点があった。私もその一人だから声を出せるよう努力した。それは一人ではできるものではなかった。サビまでの段々と盛り上げるところ、これを特にクラス全員で練習した。初めはなるべく声を出していこうという姿勢で臨んでいた。けれど、「歌詞の夢の舟よ進めは初めは小さくしたほうがいい」や「一番最初は優しく」など一人一人の意見を取り入れた結果、「話しかけるように歌う」という風にまとまった。終礼が終わった瞬間に歌の順番に並び、毎日歌った。専門のコーチなどはもちろんいないけれど、私たちは大物スターなのではないかと思うようなスケジュールで日々改良を進めていた気がする。その結果、見事優勝できた。嬉しかった。ソプラノ、アルトという音の役割はあるが、同じ曲に向けてみんなで作り上げた結果だと思った。
第二の方法として、人にアドバイスを求めることだ。私は小さい頃料理教室に通い、料理を得意にしてきた。初めの頃は火も包丁も怖くて人に助けを求めることしかできなかった。しかし、料理教室を卒業し、自分はもう一人でなんでもできると思っていた。しかし、母とは歴は違ったため、自分が知らないことを知っているのだ。だから、よくアドバイスをしてくれる。例えばゆで卵を作る時、酢を少し入れたら良いとかだ。また洗い物を溜めずにしていくことだ。料理教室では洗い物も準備もしてくれるため、そこには意識していなかったのだ。料理をしている時、お母さんにアドバイスをもらうことで、さらに知識を積み上げられると思った。一人で全部できると思ったら大間違いだなと実感した。
確かに、静かに聴く演奏会のような会場があっても良い。しかし、「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるように、一人よりも複数人いれば良くなっていくものだ。だから観客参加を考えていくべきだ。