[狂気」とは
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「狂気」とは、人間としての自覚を持たない人間、またはこの自覚を忘れた人間の精神状態かもしれない。しかし、人間は「狂気」なしにはいられないらしい。我々の心や体の中にある様々な傾向のものは常に動いている。人間は、これが静かにしている状態を好ましいとしているが、続くことで次の「狂気」を求めるようになる。だが、陥りやすい「狂気」や、他人を「狂気」に導くことは避ける必要がある。冷静と反省が最も人間的な行動の動因となるべきだ。
人間には、狂気というものも必要だ。
そう思う理由は第一に、狂気のようになることで、自分が興味を持っていることを追求できるからだ。例えば、日本の江戸時代の浮世絵師の葛飾北斎は、90歳で死去するまでに手掛けた作品はおよそ3万点に上るといわれているが、部屋はいつも汚かったそうだからだ。その理由は「作画におわれて掃除をする暇がなかったから」で、90歳で死ぬまでに引っ越しは93回以上行ったため、「広益諸家人名録」では「居所不定」となっていたそうだ。しかし、6歳で絵を描き始めるようになってから日本画や西洋画の画法も研究し取り入れたり、役者絵や美人画、風景画、相撲絵、妖怪の絵など、様々なジャンルの作品を描くには、時間や体力、根気強さも必要なため、狂気になることが必要だと思う。私の知っているプロの人たちは、専門になっているものに対して一切の妥協を許さない人が多い。だから、狂気のようになることで自分の理想を追い求めたり、理想にたどり着いたりすることができるのだと思う。
人間には、狂気というものも必要だと思う第二の理由は、狂気のようになったときに追い求めたものは自分の一部になっているからだ。私は、小学1年生くらいからバイオリンを習っているが、音程が悪い、自分が思った通りにならないなど、できないことが多かったので、練習をしないで習いに行くことがほとんどだった。しかし、小学五年生のころに、高校生で構成されるオーケストラや、バイオリニストが主人公のアニメを見て、自分もあんな風に弾けるようになりたいと思い、調子がいいときは1時間練習するようになったり、言われたことを意識して練習に取り組めるようになったりし、少し狂気のようになっていた。今は、その時に積み重ねた練習があったから、入りたいと思った弦楽アンサンブルのクラスに入ることができたり、コンクールの曲は弾けると思うと先生に言ってもらえたりすることができたのだと思う。
確かに、冷静に判断したり、分析したりすることは大切だ。しかし、「知識がはしごを作ったのではなく、二階に上がりたいという熱意がはしごを作ったのだ。」という言葉があるように、限界を超えようとしたり、自分の理想を追求したりするには、狂気のようになる必要があると思う。