たしかブレーズ・パスカル
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年月日
要約:人間と「狂気」は実に奇妙な関係だ。人間は刺激を毎回欲しいが、そう持続的に受けられる人はそういない。それで少々一般に好まれている正気と平和の期間に突入するが、一度味わったことに「またあの境地に入りたい、入りたい」と精神が叫び、もがくことにより欝になる。この現象に「酔っぱらい」を例として挙げたのは素晴らしく、細部まで理解可能にしてくれた。途中、「狂気は避けるべきだ!いや、狂気と共存!」と意見がサイコロのようにコロコロ変わり、最終的には「常に病患を己の自然の姿と考えて、進むべきでしょう。」と無理やりサッパリと終わらせている。非常に気持ちが悪い。だがこれが人間が持っている単純な矛盾であり、奥深さを加えているとも解釈できる。
私は人間には狂気というものは必要だと断言する。個人的には「人間には狂気というものは必要だ」よりも「人間は狂気である」と言った方が適切だと思うほど、狂気は人類の核心だと思う。要約した作文の中では「人間は狂気に依存してしまったらもうどうしようもできない」と書いてあったが、私が聞きたいのは、「逆に狂気無しだったらどうやって生きていけばいいとあなたはお考えなんですか。」と聞きたいぐらいだ。まず、狂気はどんどん身近なものに新たな観点を加えていくという部分が素晴らしいと思う。人間はポテンシャルの塊で、頑張れば何でもできる。宇宙に行くこともでき、時空の真実まで解明することが可能だ。しかし、多くの人がこのような大空へ飛び立つのを止めているのは、実はその人自身の偏見と倫理観が最大の壁なのだ。皆さん考えてみてください。あなたが大昔の中世ヨーロッパにいたとして、宇宙に行ってみたいと思う。だが、「宇宙は遠くにありすぎて、人が肉体のまま行くのは夢のまた夢だ。」と思ってしまうのでしょう。相対性理論でもそうだ。「時と時間は不動のものであり、全ての物理の基礎であるから変わるわけがない」とその可能性を全面拒否し、新たな分野の開拓を知らぬ間に拒む。だが、狂気を持ったNASAの研究員、宇宙飛行士やアインシュタインたちは「皆の不可能を可能」にして、「天才」と称されたのだ。こう考えてみると実は誰でも実力と狂気を兼ね揃えたら何でもできると思えるのではないだろうか。「狂気」という名のゴーグルを装着したら、皆が発見しなかった新たな観点が見つけられ、達成感を味わうだろう。おまけにその発見は一回だけではなく、無限にあるのだ。その膨大で分厚く見える「壁」は狂気だけで突破できるのだ。実際私は狂気の虜である。一つの事柄でも繰り返し考え、毎回新たなことを学ぶのにドーパミンが爆発していて、依存状態だ。私の中でもトップ3に入っている「旧新たな発見」が私の「危険」に対する考え方だ。危険なことは不意にやってくるのは当たり前だが、いざ注意していたら驚くべきことに格段に減る。しかしながらそう思い、日々身を引き締め歩いているわけにも行けない。それだから月に一回ぐらい、自分が大小のケガを一回はする。そのケガをなるべく頭の片隅になるべく置いていたら、案外頭などを打つことを回避できる。ちなみに事実として、先週私がその考えをちょっと忘れた時に、脳天にアメリカンフットボールが直撃した。常に探求と新たな知識を追いかけることが可能になり、不利益はあるだろうか。
二つ目の理由として、「狂気」は暗い「人生」という名の洞窟で松明の役割を果たしてくれるからだ。皆さんが知っているか、知らないかはわかりませんが、「人間は悲しみと無の中に暮らしている」のだ。早かれ、遅かれ、いつかはぶち当たる人生最大級の衝撃の事実だ。皆さんが身の回りで使っているもの、見ているものは全てただの「製品」や「景色」であり、何の意味、役割、感情も無いのです。だが、このような要素を人が移入さしているから、人生はバラ色になっているのだ。少々マインクラフトのように聞こえるかもしれないが、松明から新たな世界が広がるのだ。マインクラフトだったらウォーデンが住んでいる古代遺跡を見つけたときのように、楽しみを作ってくれるのが松明、「狂気」なのだ。誰も考えたことの無いような物を考え、実現させていく、別名天才たち。要約した作文では「狂気的な人と天才は紙一重だ」といっているが、私は違うと思う。その狂気をコントロールできる人は表舞台に出たときもちゃんと普通にいられるが、ノーコントロール、ノーコンの場合はただの「変人」と思われてしまう。驚くべきことに、スウェーデンのカロリンスカ研究所が2012年に発表した論文によると、狂気的な人は一般人よりもクリエイティブな職業に就く確率が35%高いそうだ。このような人々は高収入で幸せに暮らせるのに加え、他の75%が味わえない楽しみをもともと空白の人生で経験しているという、大変素晴らしく、感無量である。
どんどん身近なものに新たな観点を加えていき、真っ白な人生で「松明」の役割をしてくれる「狂気」は全人間に必須のマストアイテムだ。確かに冷静に判断することは大切だ。だが、自分、自分の感情を素直に体現しなければすぐに熱が冷め、それこそ「欝」になる可能性もある。ドライアイスよりも実際の氷の方が好きな人は共感してくれることだろう。女優のエバ・ペロンは「狂気無しには何も成し遂げられない」と言ったことがある。これは彼女の驚愕的な活躍からきた言葉であろう。これは私の二つ目の理由と若干一緒で、「狂気は人をすごく動かす燃料だから無ければ当然何もできない」と解釈させてもらった。この作文を通し、非常に「自分の狂気との共存、妥協」と向き合え、精神的に成長を及ぼしてくれたことを感謝する。