外交官の考え
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年月日
私は、初対面の人に対して、ついついその人を見た目で判断してしまう節がある。皆さんはそのような経験をしたことがあるだろうか。これは、国にも当てはまることだ。日本人は外国人に対して「日本の文化は日本にしかわからない」というが、アメリカ人は「アメリカの文化は全ての人が分かっている」と信じている。それぞれの立場からすると当然のことかもしれないが、偏見は相互理解の妨げになる。しかし、ある外国人のお坊さんが、お寺にやってきた外国人観光客の態度が目に余るというのでその人たちに対して怒鳴ったというエピソードを見たことがある。新聞に載っていたインタビュー欄だったのだが、日本を理解している外国人がいると知ってとても嬉しかった。
このお坊さんのように、自分の考えや思ったこと・興味のあることについてとことん突き詰めていくことが大切なのではないだろうか。私は最初、英語のリスニングがとても苦手だった。英文を聞いても「can」や「do」など一部分しか聞き取れず、途中から何を言っているのか分からなくなってしまうことが多かった。「自分はリスニングが苦手だから仕方ない」と思っていたが、リスニングのテストでひどい点数を取ってしまい、自分なりに原因を考えた。その結果、英語の音のつながりや発音をよく知らないことが理由ではないか気づき、音声を何度も聞いたり、ディクテーションをしたりするようにした。そのうち、少しずつ聞き取れる部分が増え、前よりも内容が理解できるようになった。この経験から私は諦めずに試すことで、自分の力を伸ばすことができると感じた。
しかし、お坊さんのような人はごく少数であり、ほとんどの外国人は日本人に対して様々な偏見を持っているに違いない。日本人も外国人に偏見を持っているだろう。偏見を持たないためには、自分の思い込みで物事を判断せず、さまざまな立場や考え方を理解しようとすることが大切だ。いろいろな観点からものを見ることで別のアイデアが思い浮かぶかもしれない。「鬼が桃太郎に懲らしめられた」というストーリーとしてではなく、「桃太郎は鬼を痛い目に合わせて制裁をあたえた」という視点で見ると、「桃太郎はほかの動物たちに対しては優しい態度をとるが、鬼という動物に対しては「村人から宝物を奪った」という正義を盾に、暴力を加えたと言えるのではないのだろうか。
確かに、自分の考えを深めていくことも、様々な観点から物事を見ることもどちらも大切だ。しかし、一番大切なのは、互いに理解しにくかったりするという立場の違いや文化の違いがあることを理解したうえで、お互いの意見を交換し、気持ちが通じ合えることなのではないだろうか。国や文化の違いを乗り越えて相手を互いに尊重できるようになることは国の外交でも大切なことだ。「私たちは皆、異なる言葉を話していても、同じ人間である」という元国連事務総長・外交官コフィ―・アナンの名言があるように、違う人間の人種であっても、人間として大切なものは共通しているという考えだ。これを私も念頭において生活していきたい。