私はこの数年間テレビ、ラジオ(感)

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 不思議に感じることは、これだけの数の新聞と雑誌があるというのにとりあげているテーマがほとんど同じであるということ、しかもそのテーマは何を基準にして決めているのか、私たち外国人にとってはわかりにくいことだ。日本のマスコミを左右している商業主義、売れ筋なら何でもやるという競争原理だ。さらに、マスコミ関係者は反国家的であることが正義であるときめつけ、庶民ぶることで自分の意見もあたかも国民の意見のごとく仕立てている。日本のマスコミに対し、三つの注文をしたい。第一に、自分の意見と客観的な事実を区別すること。第二に、マスコミ人としての自覚とモラルに基づき、だれが正しいかよりも、何が正しいかを明確にしていくこと。第三に、世の中に対し麻薬患者に注射を打つような行為を改め、明白な警鐘と提言を行って欲しいことだ。だから、日本のマスコミは過剰な商業主義とステレオタイプな報道を克服すべきだ。そのための方法は二つある。

 

 そのためには第一に、マスコミが報道の使命を自覚するとともに、私たちも商業主義のマスコミに乗せられないことであう。メディアは自分たちの使命をを自覚して自分たちの責任をしっかりと理解することが大切だ。また視聴者の私たちも、視聴率や収益優先のメディアに簡単に影響されたり踊らされたりしないことが大切だ。このようなことが大切な理由は社会が正しい情報を必要としているからだ。マスコミが収益のために真実をおおげさに報道することで偏見が生まれてしまう。また視聴者たちも自分たちの能力でそのマスコミが発信している情報が真実なのかどうかを見極める能力が求められるだろう。つまり社会が正しい情報に基づいて物事を判断できるようにするためにマスコミも視聴者もそのような能力が必要なのだ。

 

 第二の方法は、マスコミに対するチェック機能を設けることである。また、マスコミが権力に抗して報道するような伝統を作ることも大切だ。最近では同じニュースの内容でも違う番組会社が報道していることがある。しかし、ごく稀にそれぞれの情報が違っていることがある。第一の意見でも言ったように、マスコミは収益や視聴率を優勢している可能性が大きいので、正しいの情報を報道してるかを検査する機能をつけることが望ましいだろう。機能を設けることで、私たち視聴者たちは安心してその情報を得ることができるようになるだろう。歴史的に見ても、日本のマスコミのほとんどは、第二次大戦で大本営発表をそのまま流していただけだったと言われている。政府は軍隊や発表した情報を調べたり疑ったりせずに、そのまま国民に伝え続けていた。

 確かに、マスコミにはみんなの関心のあるものを大きく取り上げるという面も必要だ。しかし、言論の使命というものを忘れてはならないと思う。マスコミに野次馬精神は必要だが、野次馬精神しかないマスコミであってはならない。『人の噂も七十五日』という言葉があるが、マスコミの影響力は七十五日で終わるわけではない。だから、日本のマスコミは過剰な商業主義とステレオタイプな報道を克服すべきだ。