二十年前、私は京都で(感)

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  昔、京都で月を見ていたときに「アメリカにも月がありますか」と聞かれたことから、以前は外国に対する初歩的な誤解が多かったことが分かる。現在は減ってきたが、日本には「外国人は刺し身を食べない」「日本語は外国人には読めない」といった迷信が残っており、相互理解の妨げになっている。一方、アメリカ人には、日本人はアメリカのことをよく知っていて英語も分かるはずだという逆の思い込みがある。両国の人々に悪意はないが、このような思い込みが互いの理解を難しくしている。しかし、日米の相互理解は年ごとに深まっている。

自分の考えが唯一のものと考えない視野の広さを持つことは、とても大切だと私は思う。私は数学の授業で、時々とても難しい問題が出ると、まず自分で解いてみるが、あまり自信が持てないことの方が多い。そのようなときは、近くの友達と意見交換をして、どのように考えればより早く、正確に解けるのかを話し合うことがある。最初は自分の考えと少し違っていたため戸惑うこともあるが、話を聞いてみると、友達の考え方のほうが問題の内容により適していると感じることも少なくない。このように、他の人の考えを聞くことで、自分では思いつかなかった新しい見方に気づくことができるのである。もし自分の考えだけに固執していたら、視野が狭くなり、解けるはずの問題も見落としてしまうかもしれない。だからこそ、自分の考えだけが正しいと思い込まず、広い視野を持つことが重要だと考えている。実際に、友達の意見を取り入れることで、自分の考えを補強できたり、より効率的に解く方法を学べることもある。このような経験は、数学に限らず、日常生活のさまざまな場面でも役立つとと思うため自分の考えが唯一のものと考えない視野の広さを持つことは、とても大切だ。

一方で、他人にわずらわされずに自分の世界を深く掘り下げていくことも、同じくらい大切だ。例えば、日本の昔話「かぐや姫」だ。かぐや姫は非常に美しかったため、多くの貴族から結婚を申し込まれたが、彼女は周りの意見に流されることなく、自分の考えを大切にした。結婚を申し込んできた人々に無理な宝物を持ってくるように課したのも、自分の気持ちや意思を守るためだったのだと思う。さらに、物語の最後に月から迎えが来たときも、地上に残ってほしいと願う人々の思いに迷わされることなく、自分の運命を受け入れて月へ帰った。このことからもわかるように、他人の意見に振り回されすぎず、自分の世界をしっかりと見つめ、深めていく姿勢は重要だ。日々の生活でも、自分の考えを尊重しつつ、他人の意見を適切に取り入れることを意識すれば、より豊かな考え方ができるようになるだろう。

 確かに視野の広さを持つことも内側の世界を深めていくこともどちらも大切だ。しかし、いちばん大切なことは、「大切なのは、健康らしい外見ではなく、健康自身である。」という名言もあるように、自分自身を成長させることだ。