一世一代の大勝負

    ()  年月日

 ぼくがこの話を読んで一番すごいと思ったのは、パストゥールが命がけのはんだんを下したことだ。なぜなら、まだ人間にためしたことなど一度もない薬をいきなり人間にためせと言われたからだ。

 ぼくにはこの話ににた話がある。命がけほど大切ではないが、ぼくにとってはたいせつだ。先週の木曜日にあった理科の「作って遊ぼう交流会」という会のじゅんびで、作っていたものが作れなくなってしまった。ぼくは「だめかー。」とためいきをついた。いちおうもう一回チャレンジしてみたけれど、やっぱりできなかった。そこでさいしょ話していて作れないと思っていたじゅうをつくることにした。はんだんしたとき、ぼくはまるでがけっぷちに立っているような気持ちだった。そのじゅうは友だちがすでに作りはじめていたので、そこにいれてもらうことにした。形を変えたじゅうを作るそうだ。ざいりょうはたったの三つ。紙ざらと、ゴムと、わりばしだ。十七こたまをつくって、そのうち自分の好きな七こをとばす。一つでもバケツの中に入ったらOKというゲームだ。けれど、たまによってとぶむきやきょりがちがう。だが、次の日、休み時間にそのじゅうで遊んでいると、一しょに作ってた子が入れたらしい。ぼくはこの話をことわざでたとえると、「ひょうたんからこま」だと思った。ぼくは三年生さいごの理科の授業がいいことでおえられてとてもうれしかった。

 ぼくはお母さんに似た話をきいてみた。お母さんは小学三年生の頃、もうちょうで入院したそうだ。その時、お母さんはきんちょうやドキドキ、不安でいっぱいだった。しかし、手じゅつの前に担当する女の先生が安心できるように話をしてくれたそうだ。このけいけんが、いまだにお母さんの心の中に残っているらしい。ちなみに、お母さんは一時期このお医者さんがかっこよくて、医りょう系の仕事につきたかったこともあったそうだ。ぼくはたしかに、心配しているときに安心できることばをかけてもらうとうれしいし、きんちょうひていた気持ちもとけて一石二鳥だとおもった。

 ぼくは、人が心配ごとや、なやみごとをかかえているときは、安心できるような話しをしてあげたり、せなかを押してあげるといいとおもいました。人はきんちょうしているとき、いい結果をだすことができるので、友だちが緊張しているとき、ぼくはきんちょうをほぐすように安心できる声をかけたいと思った。