月ができた原因に(感)

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 月ができた原因についてはジョージダーウィンの月は地球の一部が飛び出してできたものという説が学会で認められていたが後になるとその説は間違っていた。古い説では解釈が付かない事ばかりで、いずれ新しい学説が誕生する。自然の一部をかじっていることに過ぎないから角度を変えて自然を観ると次々と新しい発見が産まれてくる。自由な観察力、考えたことを科学者や科学界にぶつけていくとそこから思いがけない科学の進歩が産まれることとなるととても素晴らしいことであるに違いない。

 僕は土曜日のサッカーの試合でけがをした。擦りむいた傷口に流水で傷口を洗い流してから、消毒し、ガーゼを張った。ぼくの母は、けがをした時は洗い流せばいいというが、僕の父は洗い流して消毒まですることが大切だという。僕は両親の意見が違うので気になってそのことについて調べてみたところ、つい数年前まで医者でも消毒派と洗い流すだけでいいという意見が分かれていたそうだ。だが最近では洗い流して消毒まですると悪い菌だけでなく正常な細胞までも壊されてしまうことから、消毒はせずに洗い流した後は傷口を乾燥させないように保湿して傷パワーパッドなどを貼ることが正しい処置とされる。このような身近なことでも少しずつ化学的な考え方が変化してきていると言う事が分かった。しかし僕は未来になるとこの考えでさえも変化するかもしれないと思った。何故なら昔から常識が変わることがある例がいくつもあるからだ。

 育児法も今と昔では違う。例えば母が赤ちゃんだったころの数十年前は、赤ちゃんが泣いてもすぐに抱っこすると抱き癖がつくから抱っこしないのが良しとされたそうだ。今では泣いたらすぐに抱っこすることが赤ちゃんとの信頼関係を築くために良いそうだ。僕は、勝手な考えだが、学者がその時の真実として世間に発表し、世間がうのみにしてしまったと言う事に過ぎなかったのかもしれないと推測する。

 僕は、自由な観察力や、考え方から思いついたことを発信思いがけない科学の進歩になってくるかもしれないと言う事が分かった。僕は例外のない規則はないと言うことわざがあるように今当たり前のことが未来では当たり前のことではなくなってしまっているかもしれないから、物事を勝手に決めつけずに、本当にその答えが正しいのか考えることが大切だと思う。これから僕は科学的な考え方をうのみにせず体の直観、経験を絡ませながら考えていきたい。