時代の進化

   小6 みうじん(asamiu)  2026年3月4日

 今までの出来上がった科学の理論とか解説とかのこだわりすぎて、すべてをそれにのっとて考えるというけいこうが強すぎると、新しい発展が起こらなくなるだろう。ということは、時代の進化も起こらないということ。

 自分も似た体験がある。僕が幼稚園にいたころ、「AI」という「賢い道具」はなかった。その時代の人々は、ウェブサイトなどで疑問などを解決していた。しかし今では「AI」ができたことによって、ウェブサイトに頼らずも「AI」がすべてを教えてくれる。ただし「AI」に頼りすぎてもだめだ。「AI」に頼りすぎると自ら問題を解決する能力が下がる。まるで脳全体が停止しているような気分になる。「AI」は使ってもよい。しかし、使いすぎてもだめだ。僕の父は、AIと話す時間が多すぎて、逆にAIから「AIと話す時間多すぎですよ!家族と話す時間を作ってください!」と怒られていました。あれからも、AIに怒られたのにもかかわらず、まだAIを使っていることが多いです。「AI」は、いろいろな情報をよそから取り入れて、僕たちに教えてくれます。ただし、「AIを毎日使う」というよりは、ウェブサイトなどで、正しい情報を見つけて、誤解をせずに情報をほかの人に伝えることをおすすめする。なぜかというと、AIから誤っている情報を取り入れてしまうと、僕たちにも誤った情報が届き、誤解をしてしまう可能性をあるのだ。これも、「AIに頼りすぎてもだめ」な理由の一つだ。

 母にも似た話を聞いてみた。すると、母が小学生のころインターネットすらなかったらしい。ということは、スマホもパソコンもアイパッドも全てなかったということだ。僕はこれを聞いてとてもびっくりした。インターネットがなかった時代で自分が過ごすと考えると、その生活に慣れず苦しい生活になると思った。なのに母は、小学生のころはインターネットがなく、人と話すのは直接会って話すか、家から固定電話をかけるか、公衆電話を使う、くらいしかなかった。もちろんスマホで、電話をかけることは無理だった。僕がその時代にいたら、友達と簡単に連絡を取る手段がなくなるから、少し悲しくなるなと思った。どのように生活していたのか疑問に思う。いまは、インターネットがある、スマホがある、パソコンがある、アイパッドがある、時代は進化している。まさに「日進月歩」だ。母は、このことについて「便利になったと同時に、便利すぎることもある」という。例えば、友達がメッセージで連絡してきたときに、「即返事をしなければいけない!」というふうなプレッシャーを感じたり、メッセージを送るときに自分の意図と違う感じで受け取られてしまったりすることがあり、誤解を招くこともあって、文章力を問われるから、人とのコミュニケーションが大切と言っていた。

 6年間だけなのにいろいろなことが進化しているということが分かったが、進化しすぎていることもあるということが分かった。今でも、AIなどがあることはとても大切だと思う。だけど、注意すべきこともある。それは、友達と連絡を取るときに、どのようなメッセージで送ればよいのかということや、AIと将来どのように対応すべきか、そして人と直接会ってコミュニケーションをとることもも大切ということだ。