狂気とは

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 人間には誰にも「狂気」のようなものがある。人間というのは「狂気」なしにはいられぬものである。我々の心の中には常に何かがウヨウヨ動いていて、何か行動する時にそれらが一定の方向に向く。そして、だんだん人は興奮し、ついには精神も肉体も歪みを示すようになってしまう。しかし、時間が経ち興奮がおさまり、「狂気」が弱くなると、再び次の「狂気」を求めるようになる。この営みが人間の生活の実態である。狂気は否定するものではなく、狂気を反省する自覚が必要である。このことから、人間には狂気というものはあまり必要ではなく、さらに時には脅威として襲ってくることもある。

 そう考える理由は第一に、狂気を持ってしまうことで、世界が危険にさらされるからだ。なぜなら、実際そのようなことが世界で起こり、今も苦しんでいる人がいるからである。現在、イスラエルとイランが戦争しているということは誰でも知っていることだ。しかし、近頃その2国間の争いに第3国としてアメリカが入ってきている。そのアメリカの大統領のトランプがイスラエルと共同でイランを攻撃し始めた。この大規模攻撃は、4から5週間続く見込みで、3月1日時点で555人が死亡している。そして、トランプなどの攻撃で約10人が死亡しているそうだ。現地の人たちは、ただ怯えて温かいご飯も、あったはずの家も、家族も、無くしてしまっているのが現状だ。このようなことはあってはならないのだ。このことを自分に当てはめると、仕事や学校で疲れて帰ってきた時に本当ははあるはずの家がないのだ。どれだけ悲しいことだろうか。このようなことから、狂気を持ってしまっては世界を危険に晒すことにもなりかねないと思った。

 そう考える理由は第二に、平凡な毎日では退屈だからである。退屈なからこそおさまった狂気を再び呼び戻してしまうかもしれない。だからこそ、いつもやっていないようなことをして、気分転換(ストレス発散など)をするのがいいと思う。実際に狂気とは極度のストレスによって起こることもあるのだ。ストレス発散のために、データとして男女別のストレス発散方法について調べた。まずは10代の女子は1位はカラオケ(16.4%)、2位は食べる(7,5%)、3位は長電話(5,6%)である。一方10代男子は1位がカラオケ(15,3%)、2位がゲーム(13,3%)、3位がビデオ(8,0%)という結果になった。このように、人それぞれの息抜きの仕方は異なる。なので、自分に合った息抜きの仕方を知ることが大切だ。しかし、エジソンのように狂気によってものすごい発明をした人もいる。だが、そのように狂気を使いこなせるような人は数少ない。つまり、私たちの生活を形作っている、普通の挨拶や整理整頓、やる時はしっかりとやる、たまには気晴らし。このような、普通の生活の営みをしていて、努力を地道にしている方が狂気にも負けないかもしれない。実際に「努力に勝る天才なし」などの名言があるくらいだ。そうすることで、無意識のうちに狂気に囚われなくなっているかもしれない。

 確かに、人間は狂うこともあるものだ。現代では、何かに取り憑かれたように没頭することや、周囲が引くほどの情熱を持つことが「成功の条件」として語られがちである。「狂気こそが世界を変える」といった言葉は、興味的である。狂気は、時には劇薬となり、一瞬の爆発力を生むが、無理に狂気を使うのではなく、当たり前ができていれば良いのである。そして、「諸君、狂え」という名言があるが、実際狂気のせいで生活がうまくできなかったり、楽しく日常を送れていない人(例えば、戦争中の国々の国民)もいるのだ。すなわち、狂気は人間にとって必要ないのだ。