マスコミのあり方とは
高1 あえたき(aetaki)
2026年3月2日
日本は他国と比較するとある程度言論の自由が確保されている。しかし、自由であるがゆえに日本のマスコミは、ニュースの判断基準が曖昧で商業主義に陥りがちである。日本のマスコミは報道のあり方を見直すべきである。
まず、第一の方法として私たち国民がマスコミに監視の目を向けることである。私たちがマスコミに対して監視の目を向けることは、マスコミの報道の仕方に、良い緊張感を与える。例えば去年、高市総裁が取材を受ける直前、時事通信社のカメラマンが「支持率下げてやる」などと発言したことが、SNS上で話題となり批判を浴びていた。もし、私たちがその事実を知らなければ、新聞社の手によって高市総裁の支持率が意図的に下げられていたかもしれない。これは、マスコミが大きな力を持ちすぎた結果、日常横行している偏向報道が露呈してしまったのだろう。私たちは自分たちの思考が、マスコミに大きく左右されていること自覚し、マスコミに対して監視の目を向けるべきだろう。ただし、私たち国民がマスコミを監視するというのは簡単なことではない。第三者機関の設立なども考えられるが、まず初めに大切なことは、マスコミによって悪意のある切り取られることがないよう、マスコミの取材の場には政府自身でのライブ中継などを行うのはどうだろうか。決して簡単なことではないが、マスコミを脅かす存在がいて、私たちが常に目を向けることは良い緊張感になるだろう。だから私たちがマスコミに監視の目を向けることは大切である。
第二の方法として、子供達に対してメディアリテラシーの教育を広げていくことである。メディアリテラシーとはインターネットから得られる情報を鵜呑みにせず、主体的、批判的に評価し、適切に発信していく力のことを言う。SNSが発達してきた現代で生まれた新しい言葉で聞き馴染みのない人もたくさんいるだろう。私の高校では、こうしたメディアリテラシーの教育のために朝日新聞社による講座が行われた。「リテラシー」について考えさせられる記事を読んだり、印象に残った部分を発表したりした。私は今まで、情報を受動的に受け取るばかりで、あまり情報の吟味などはしたことがなかった。しかし、この講座のおかげで批判的思考とは、メディアと意見交換を交わし、内容を吟味することであると学ぶことができた。その頃から自分自身で、情報を受け取るときにはその情報を鵜呑みにしてしまうのではなく、その発信元や、発信者がどのような意図を持って発信しているのかを冷静に考えるようになった。こうした、メディアリテラシーに対する教育は、将来情報をしっかりと読み取ることのできる大人の増加につながる。また、こうした教育を通して私たち自身のメディアを見る目も変化してくる。メディアリテラシーの教育は必要不可欠だと言えるだろう。
確かに、話題性が高いものを選び視聴率を上げようとするあまり、商業主義に走りがちであることも理解できないわけではない。しかし、「メディアは指導者ではなく、私たちと並走する相談役である」と言う名言のように、メディアは私たちを特定の方向に導くのではなく、あくまでも私たちの選択における一つのアドバイスであるべきである。自分たちがいかに大きな力を持っているのかを自覚し、事実と自らの意見を隔絶することが重要だ。私も、一人の受け取り手、発信者として情報を鵜呑みにすることなく根拠の確認などを心がけるようにしたい。日本のマスコミは報道のあり方を見直すべきである。