昔話
小6 あえほあ(aehoa)
2026年3月4日
話の中には、単に語ることから生じた表現の形式や民衆の文学であることからくる内容の普遍性ということだけでなく、何かもっと大きな力がかくされているような気がしてなりません。昔話は、文学のもとの形といってよいものですから、そこには、人間が物語を生み出し、それを支えてきた心の動きや力のもとが内臓されています。
わたしは昔話の「桃太郎」を読んで、仲間と協力することの大切さを強く感じた。桃太郎は鬼を退治するために旅に出るが、その途中で犬、猿、キジという三匹の仲間と出会う。三匹は性格も得意なことも全く違うのに、桃太郎はきびだんごを分け与え、仲間として迎え入れたのだ。この場面を読んだとき、わたしは「人は一人だけでは強くなれないんだ」と思った。わたしは学校生活の中で、つい「自分だけで頑張らないといけない」と思い込んでしまうことがある。特に部活動や行事の準備でうまくいかないとき、周りに頼るのが恥ずかしく感じてしまうのだ。でも、桃太郎たちのように、それぞれの得意なことを生かして協力すれば、一人ではできないことも達成できるのだと気づいた。犬は力が強く、猿は身軽で、キジは空から状況を見られる。それぞれが自分の力を発揮したからこそ、鬼に勝つことができたのだ。また、わたしは桃太郎がきびだんごを分けていたことにも意味があると思った。きびだんごは桃太郎にとって大切な食べ物なのに、それを惜しまずに仲間に渡した。わたしはこの行動から、「誰かに優しくすることは、自分の損になるわけではなく、むしろ信頼を生むのだ」と感じた。学校でも、友達にプリントを見せてあげたり、困っている人に声をかけたりすることで、自然と関係が良くなるのだと思う。さらに、桃太郎が鬼退治に向かう姿から、わたしは「正しいと思ったことに勇気を持って進むこと」の大切さも学んだ。鬼は強くて恐ろしい存在だが、桃太郎は村の人たちのために立ち向かった。わたしは、たとえ小さなことでも、自分が「これはやるべきだ」と思ったことには勇気を出して行動したいと思ったのだ。
昔話は昔の時代の物語だけれど、そこに込められた教えは今のわたしたちにも通じている。わたしはこれからも、桃太郎のように仲間を大切にし、協力しながら前に進める人になりたい。
わたしは、昔話がどうして作られるようになったのかを調べてみた。昔話というと、桃太郎や浦島太郎など、子どものころから親しんできた物語が多い。でも、ただの面白い話として作られたわけではなく、人々の生活や思いが深く関わっているのだそう。昔は今のように本やテレビがあるわけではなく、人から人へ言葉で伝えることが大切だった。そこで、人々は大事なことを分かりやすく伝えるために、物語という形を使ったのだ。たとえば、「悪いことをすると困ったことになる」「人に優しくすると良いことが返ってくる」など、生活の中で大切にしたい考えを、子どもにも理解しやすいように物語にしたのだ。また、昔話にはその時代の人々の願いや不安も込められている。自然災害が多かった時代には、山や海に不思議な力を持つ存在を登場させて、「自然を大切にしよう」という気持ちを伝えたのだ。貧しい生活をしていた人が多かった時代には、「努力すれば幸せになれる」という希望を物語に込めたのだ。わたしは、昔話はただの作り話ではなく、人々の心の支えでもあったのだと感じた。さらに、昔話は地域ごとに少しずつ内容が違うことがある。これは、物語が語り継がれる中で、その土地の文化や生活に合わせて変化していったからだ。わたしは、このことから「昔話はみんなで育ててきた物語なのだ」と思った。誰か一人が作ったのではなく、多くの人が語り、聞き、少しずつ形を変えながら今に残っているのだ。
わたしは昔話を読むと、昔の人たちがどんなことを大切にしていたのかが分かる気がする。昔話は、時代が変わっても忘れてはいけない考えや、心のあり方を伝えてくれる存在なのだ。これからも、ただ読むだけでなく、その背景にある思いを感じながら大切にしていきたいと思う。