月ができた原因に
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年月日
今までのでき上がった科学の理論とか解説とかにこだわりすぎてすべてをそれにのっとって(=基準として従って)考えるという傾向が強すぎますと、新しい発展が起こらなくなる。古いものにとらわれずに新しい見方をする、あるいは逆転の発想という言葉がありますが、そういう考え方をしていると、案外そこから面白い発展が起こるのだ。これは科学者でなくても、一般の皆さんが日常観察しているものから、新しい科学の目が生まれる、ということも十分にあり得ることだと思う。
ぼくのおばあちゃんは昔、学校の給食には、ご飯ではなくパンばっかりだったそうだ。それを、ぼくはお母さんから聞いたので、あまり詳しいことが分からなかったので調べてみた。それはおどろきの結果だった。おばあちゃんが小学生のころ、その時はちょうど第二次世界大戦が終わったころだった。だから、田畑が破損していた。小麦やコメが貴重品となり、学校の給食に出すには高すぎた。そのため、パンがご飯の代わりだった。けれど、先ほども言ったよう、小麦はなくなってしまった。だから、アメリカ合衆国から支援を受けとっていた。パンは冷えていても食べられる、保管しやすいからだった。ぼくはこの時代に生まれて幸せだと思う。
お母さんに聞いたのだが昔は学校で予防接種があったらしい。順番に並んで一人ずつ予防接種を受けたらしい。お母さんが小学生の時はめんどうくさくて、好きではなかったそうだ。けれど、今、大人の視線で見ると親が病院に連れて行かないと予防接種ができないので、昔はよかったと言っていた。ぼくはなぜ集団予防接種が無くなったかが気になって調べてみた。無くなった一つ目の理由は、当時はほとんど強制的に予防接種をさせていたので、もし副作用が起きた場合、学校が訴えられるからだ。二つ目の理由は、個人的なアドバイスをあげられないということだ。あの子は予防接種が必要、不必要と一人一人に伝えられないからだ。
ぼくはこの話を聞いて、昔は学校で予防接種をしていたと聞き驚いた。ぼくは痛くなければどっちでもいいと思う。
学校でも定着しているものは時代によって違って、歴史を感じる。昔は、ご飯は出ず、パンだったり、昔は予防接種を学校で受けていたりで歴史の変化を感じられて面白い。ぼくは長文を読んで、今まであった理論を信じすぎると、何も新たな理論が出てこないと思った。新しいものに目を向けてみると、案外面白い、科学の理論が生まれる可能性があるかもしれない。ぼくは、必要は発明の母ということわざがあるように、定着しているものに集中しすぎずに、新しい発見をもっとしていきたい。