清書

   中1 あけやの(akeyano)  2026年3月4日

 「よし!」

 私は気合を入れて勉強机に向き直る。そこには高くそびえたつ問題集がある。

 私は、5年生の頃に中学受験をすることに決めた。我が家では初めてのことで、母も父も、何から始めればいいのか全くわかっていなかった。とりあえず、5年生の理科と社会の内容の問題集を買って解き始めた。毎日1、2ページづつ進めていって、5年生の間それをずっと繰り返していたら、あまり勉強をしていないのに、試験までにそう日がないことに気づいた。そこから挽回できるように、とにかくたくさん、色々な問題集を買って、とこうとした。しかし、問題文を読む時点で実力がないことを思い知らされた。全く意味がわからなかったのだ。それでも、初めての模試を受けた。だが、予想通りとはいえ点数がとても低く、「大丈夫なのか?」と思うほどだった。しかし、母と一緒にもう一度、模擬試験の問題を解いていくうちに、条件の整理の方法や、大事な部分の発見の方法など、わかりやすく解くコツが掴めてきた。二回目の模試は、一回目ほど点数は悪くなかった。しかし、まだ、問題に線を引くのを忘れていたり、表の使い方が分かっていなかったりしていた。それを克服するために、もう一冊問題集を買った。それを解いていくうちに、だんだんと問題が早く解けるようになっていった。そして三回目の模試。文章に線を引くことも忘れず、私なりにできたと思った。点数は、二回目と変わって、4点も上がっていた。もう一度間違えた問題を解き直し、満点を取ることができた。本番の試験では、集中して、問題を解くコツも忘れずにしっかりと解くことができ、難しかったが「やり切った」という満足感があった。結果は合格。頑張りが実ったと思った。この努力は学校のテストでも反映され、今までは難しく感じていた問題も簡単に解けるようになった。私は、何かのために頑張ったり、努力したりすることは良いことを得られるものだと思った。

 母に頑張ったことについて聞いた。母は中学生と高校生の時、吹奏楽部でトロンボーンを毎日頑張ったそうだ。音を出せることや、いろんな曲を演奏すること、みんなで曲を合わせることが楽しくて練習を続けられていたそうだ。吹奏楽部の中で一番上手ではなかったけれど、一番練習していたという。なんと、朝練や夕方の練習を病気のとき以外、一度も休んだことがなかったのだ。母の通っていた学校の吹奏楽部は、強豪校ではなかったので、周りはあまり熱心ではなかったけど、休むことはなかったそうだ。毎日練習を熱心に頑張っていたのが認められてか、みんなの推薦で部長になったそうだ。私は、この話を聞いて、自分が努力していることを楽しんでやっていたと知り、頑張ることとは楽しみが増えるものなのかもしれないと思った。

 人間にとって努力するということは、自分自身の成長を感じることができ、目標のために頑張る楽しみが増えるということである。だから、これからは、努力を楽しんで、目標に向かっていきたいと思う。また、「ローマは一日にしてならず」という言葉があるようにコツコツと努力をしていきたいと思った。

 「できた!!」