日本人が淡泊(清)

   中1 あかそよ(akasoyo)  2026年3月4日

 1要約のちあっさりしたものでコミュニケーションをとったほうがよい。

2短く言わないと訳が分からなくなる。総合の時結論をはじめに言わないと分からないといわれた。

3短い方が頭に入りやすい。駿台によると60分連続で学習するよりも15分ごとに休憩をはさむというのを3回繰り返したほうが勉強効率がよりよい。

4確かにしっかり言わないと伝わらないこともあるが、「ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではない」という言葉もあるように余計なことを言わずに必要なことをすべき。

 日本人が淡泊で持続力がないと言われるのも生活に左右されるからではないか。うるさいことは嫌い。ごてごてするのはつまらないと感じる。道筋を飛ばして結論を出す。さりげない話でお茶を濁す。そういう日本人たちが考え出した詩が和歌であり俳句であって短いことでは世界でもほとんどない。それに大昔からある和歌の形は日本人の気持ちや考えなどのことを決定してしまうほどの力を持ったように思われる。その中に女性がいたことも驚くべきことである。「目に青葉 山ほととぎす はつ鰹」この句の表現しようとしているものを説明し始めようとすると何10枚もの紙を必要とするだろう。その莫大な量をこのたった13文字で表しているのである。簡潔なものでコミュニケーションをとっていくべきだ。

 第一の理由は短く簡潔に言わないと訳が分からなくなってしまうからだ。僕の小学校の総合の時間では何かを研究しなければならなかった。ぼくは、そのとき阿寒湖畔の売店で買ったタテヤママリモがどうやったら速く光合成をするのか(=気泡が付いて浮かぶのか)という実験をした。それを発表する時間の時にぼくは実験した順序通りに書いて、最後に考察、結論という風な形式でスライドを作り発表した。そういうやり方をした時に、他のクラスメイトから、先に結論を言ってから発表してもらった方が理解しやすいという意見が出た。僕は普通結論は最後だよなと思って結論のスライドを最後にしたが、そういわれたので、次もしそういう機会があれば結論を先に言ってみようと思う。

 第二の理由は短い方が頭に入ってきやすい。駿台によると60分連続で学習するよりも15分ごとに休憩をはさむというのを3回繰り返したほうが勉強効率がよりよい。これはつまり長くてだらだらしたものを長くするよりも、短くて区切られているものを何度か繰り返した方がより効率が良いという事ではないのか。長くいろいろやると集中力が切れてしまうし、それを継続するのも面倒くさくなってしまうが、小さく短いものを使っていろいろなことをやっていく方が頭には入りやすいのだ。そのため短い言葉で簡潔にやった方が楽だし、より伝わるのだ。すべてを言う必要もなくなって間のことは読み手が想像して補正してくれるためそういう心配も不要なのではないか。

 確かにしっかり言わないと伝わらないこともあるが、「ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではない」という言葉もあるように余計なことを言わずに必要なことをするのが良いと思う。わざわざ長い時間をかけてまるでカメのように複雑で遠回しにしたいことをしなくてもウサギのように早く簡潔にするのが一番楽でしかも伝わりやすくてよいのではなかろうか。これなら一石二鳥だ。それに、書く側も何を書くか分からなくこともあるが、先に結論を書くことでそれに沿いながら書くことができるため楽である。実際この作文も先に意見を言ってから理由やこの段落を書いているのだ。普段の感覚だと結論を後にしてしまうが、たまには逆にしてみると良いのである。