自然が一番

   小6 あきりり(akiriri)  2026年3月4日

 「私が市場へゆく道は、いかにも自然発生的な細いやさしい道だ。家と家との間に何となく作られた人間のふみならした道だ。ところが、その道は最近アスファルトがしかれてしまった。歩きやすいようではあるが、幅一メートルるありやなしやのこんな細道がベタッと黒くアスファルトを塗られているのはいたましくさえある。だが、道が一番道らしいのは、人間のくらしをあたたかに支え、いろいろなものを発見することのできるふみしめられた道である。」

 私は友達と川で遊んだことがある。また公園にあるプールで遊んだこともある。プールで遊ぶときは、ただ水中に潜ってじゃんけんをしたり宝探しをしたりと、遊べる範囲が限られてくる。しかし、川で遊んだときは、その友達のお父さんが「もしかしたら、小さいカニが岩や石のしたに隠れてるかもよ」とワクワクするようなことを言った。「えーいるの」私はカニが噛まれたら痛いイメージがあり探さなかったが、もしかしたらいたのかもしれない。もちろんプールで遊べるような水中じゃんけんも宝探しもできる。川だとヤゴなどの虫もいるかも知れないが、それがまた川での楽しみへとつながる。自然が作ったものは人工的に作れない一段階レベルアップしたものだと思う。

 最近私は、テレビのコマーシャルで、「コンクリートやアスファルトの上を歩くと固いので肩に負担がかかることがあります。そこで」と靴の紹介をしていた。靴の底が柔らかく作られているのを見ると「技術も発展しているな」と思う。それぐらいコンクリートは、人間に良くないことがわかった。昔は今のように便利な靴はなかったから土の道は人間に向いていると思った。前に「道は生きている」という本を読んだ。この本には、覚えているかぎり昔からの道の紹介が書かれていた。この本を読んで自然が作った道は人が歩いて自然とできたもので、少し私は風景に馴染んでいるようで好きだ。土のうえに自然とある石。その石のところが今で言う「歩道」だと思う。人間が計画的に作った道は便利ではあるけど、冷たい印象がある。そして今のようには車がなく、道は人間のために、あるものと書いてあったのを覚えている。今は、人が歩く道は細く車が走る道の幅がでかくなっている。だから道もさみしくなっている。と書いあった。私も車のための道路をなくして、人間のための道を広くし、アスファルトではなく土の道にして便利な靴をはけばいいと思う。車がなくて不便になってしまうかもしれないけれど、道のためにも人間にとってもいい道になってほしいなと思う。

 人間にとって自然として作られた道はこわしてはいけないものである。一度こわしてしまえば、もうコンクリートの道に慣れてしまい、自然の道に戻れなくなってしまいそうだからだ。自然を守っていくためにはリユース、リドゥース、リサイクル、リフィユーズの四つのRを意識していきたいなと思った。