人間的コミュニケーションの価値

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 今、日本の都会では、路上で物を売る人を見かけることがほとんどない。常設の店ができる前は、商売はみんな路上で行われていた。しかし、道で売っているものは時として信用できないことがあり、見しらぶの辛かった場合に白状を持ち込む先がない。路上の取引には、いつもこれくらいのリスクがつきまとう。私たちは、人間的なコミュニケーションを大切にするべきではないのだろうか。

 そのためには第一に、価格や利便性だけで判断しないことだ。私の家族は一時期、アジアのとある国の激安通販サイトで買い物をしていた。ある日、黒のフェイクレザーの洋服を注文した。ところが届いてみると、フェイクレザーでもなんでもない、ただの黒いゴミ袋のような服が届いた。システム上、製品の返品は可能だが、もともと激安であり、返品する手間や費用を考えると、使わずに捨てる方がましだと思ってしまった。私以外にも、そのようなユーザーは多いのではないかと思う。ネット上で買い物をするときには、店舗で買い物をするときの何倍も、このような詐欺に引っかかりやすい。ボタンを押すだけで買い物ができるという利便性がある反面、このようなデメリットも存在する。また、私がまだ幼い頃、家族で海外旅行に行った際、父が換金に行ったことがあった。母がお金をよく確認するようにと言って送り出したものの、物忘れの激しい父は確認せずに帰ってきてしまった。やはり父は詐欺にあっており、通常よりもはるかに少ない額しか受け取っていなかった。それに激怒した母が店に行くと、「あ、バレちゃった?」と言われ、すぐに返金されたという。このような経験からも、何事においてもよく確認することが重要であるといえる。

 また第二に、直接人と関わる経験を大切にすることだ。私は母と買い物に行くのが好きで、外出するとほとんど毎回のように一緒に買い物をする。特に服を見ることが多い。実店舗に足を運ぶと、現物を直接確認でき、試着できることが大きな利点である。見た目では良いと思ったものでも、実際に着てみると印象が異なることがある。試着はサイズの確認にとどまらず、自分に似合うかどうかを総合的に判断できる機会となる。このように考えると、ネットショッピングの難しさがよく分かる。さらに、店舗では店員と直接会話することができ、自分に合う商品やおすすめを聞くことができる。一方で、ネット上でも身長や体重、サイズを入力して商品を選ぶ仕組みはあるが、それだけで最適な選択をするのは容易ではない。人と関わる経験を大切にすることで、日常の些細な場面もより豊かなものになると私は考える。これは服に限らず、あらゆる場面に共通していえることである。

 たしかに、大量生産や大量販売は、私たちの生活を便利で豊かなものにしてきた。しかしその一方で、人と人との直接的な関わりは薄れつつあるのではないだろうか。効率や安さだけを追い求めるのではなく、誰とどのように関わるかという視点を持つことが、これからの社会においてより重要になると考える。私たちは原点に立ち返り、社会の基盤である人間同士のコミュニケーションに目を向けるべきである。アリストテレスの「人間は社会的動物である」という言葉がある。人間が成長するための貴重な経験は、人とのふれあいの中にこそ多く存在するのではないだろうか。さらに、そのような関わりの積み重ねが、信頼や安心といった社会の基盤を形づくっていくのだといえる。