中1 あきしら(akisira)
2026年3月4日
おそらく狂気とは自覚を持たない人間、あるいはこの自覚を忘れた人間の精神状態のことかもしれない。我々は天使になろうとして、豚になりかねない存在であることを悟り、狂気なくしては生活できる存在であることを悟るべきかもしれない。よういに落ちやすい狂気を避けねばならないし、他人を狂気に導くようなことも避けないといけない。平和は苦しくて戦乱は楽であることを心得て、苦しい平和を選ぶべきだ。 だから、私は人間に狂気と言うものが必要だと思う。
第1の理由として、狂気と呼べるような集中力がなければ、何か大きなこと成し遂げることはできないからだ。例えば学校の大会で1位を取りたい人と、本気でオリンピックに出て一位を取りたい人を比べてみよう。どっちの人も努力するだろう。大会で一位を取りたい人は家などで週に何回か練習するだろう。本気でオリンピックで結果を出したい人は、毎日ほぼ休憩なく他の人に体調を心配されるような練習をするだろう。オリンピックに出て良い結果を出したい人はたくさんいるからその人たちよりもすごい集中力が必要だ。そのようなすごい集中力は狂気ほどじゃないと出ないと思う。狂気だとなんでもできてしまうような感じがすると思う。このことから狂気と呼べるような集中力じゃなければ、何かおおきなことを成し遂げることはできないとわかる。
第二の理由は、平凡な毎日では退屈してしまうからだ。毎日が平凡だと色んな気持ちが現れストレスになるだろう。ストレスが溜まると人間は投げ出したくなる。その嫌な気持ち、ストレスを解消するには狂気に自分の好きなことをすると良いだろう。狂気に自分の気持ちを表に出してみるととても楽しいしスッキリする。このことから平凡な毎日では退屈してしまうから狂気も必要とわかる。
確かに冷静に判断することも大切だ。しかし、行動するためには多くのことに無知でなければならない。という名言もあるように何かを成し遂げるためには狂気も必要だと思う。