自然ならではの快適さ
小6 あさゆと(asayuto)
2026年3月4日
私たちが市へ行く道は、いかにも自然発生的な細かいやさしい道だ。だが最近アスファルトが敷かれてしまった。それのせいで照り返しがきつく、なんとも風情だった。その道はほとんど車も通らないで昔ながらの通り路をなぜ舗装する必要があるのかと思った。歩きやすくなったのはいいものの、一メートル足らずの道がアスファルトで舗装されているのはいたましく思ってしまう。子供のころは石ころを蹴りながら学校へ行き、車をよけながらにぎやかに道を歩いた。道にはいろいろなものがあり、しゃれた石や虫の死骸、花などがたくさんあった。そんなものを心にとめながらゆっくり歩くのだった。ものみなすべてにいとしみを感じながら歩く時間だった。もちろん舗装するのも大切だが道が一番道らしいのはいろいろなものを発見できる踏みしめられた道だと思う。
僕は正直に言うとアスファルト舗装の方が好きだ。なぜかというと歩きやすく進みやすいからだ。自然の道で塗装されていない道が悪いとは言ってない。むしろ楽しみがあるのは自然の道だと思っている。自然の道は歩くのが大変だったり雨が降ったら歩きにくいという欠点がある。それに比べてアスファルトなどのコンクリート舗装は歩きやすく気候で左右されることもない。でも自然の道は塗装されている道より植物や虫などが多く、いろいろな発見ができる。そして自然の道は塗装されている道より涼しさなどを感じられたり身近に自然の心地よさがあるという感じがするのはアスファルトにはないいい所だと思う。
僕のお母さんも昔に田舎に住んでいて登下校は毎日大変だと聞いた。でもその行って帰るだけのことでも楽しみがあったらしい。例えば春になったら道端に四季にあった花がたくさん咲いたときもあったらしい。周りが塗装されていないと植物がたくさん生えるから年中四季を感じるところができる。お母さんは自然の道を親しんでいたが都会に来たらきれいな道に驚いたらしいがそれと同時に少し物足りないと思ったと言っていた。
人間にとって快適というのも必要だが自然そのものも大切にしたい。いまは衛生的に安全で快適に過ごせるのは事実だが自然との触れ合う機会は少なくなっている。確かに快適な道も大切だが季節の変化や空気の心地よさ心の落ち着き豊かさを感じることができる。つまりただ便利なだけでなく自然とのかかわりを大切にすることが大切である。だから便利と自然のバランスをうまく取り入れてこそより良い生活につながると私は考える。