諸刃の剣
中1 とやちな(toyatina)
2026年4月1日
「あだ名」というものは、人との関りを持つうえで重要な役割を果たすと私は考える。なぜなら、「あだ名」を使うことで仲良くなるきっかけになったり、本人が嫌がるような「あだ名」を使ってしまい逆に仲が悪くなってしまったりするからだ。「あだ名」は使い方によっては人との関りで良いようにも悪いようにもなる。そんな「あだ名」を使うことについて私は賛成だ。
一つ目の理由としては、「あだ名」で呼ばれると相手と親しい関係であると実感しやすく、仲良くなりやすいからだ。以前、友達とけんかしてしまったことがある。軽い口喧嘩だったためすぐに仲直りをすることができたが、その後話しかけるのを躊躇してしまい、気まずくなってしまった。しかし、友達が私のことを「あだ名」で呼んでくれたため、和解することができて良かったと改めて感じることができた。もし、どんなに仲の良い人だとしても「あだ名」で呼ばず名字で呼んだとしたら、相手は私があまり関わりたくないのだと読み取ってしまい、関わることを敬遠してしまうかもしれない。だから、「あだ名」で呼びえあると親しくなりやすいと考える。
二つ目の理由としては、緊張がほぐれ落ち着きを持つことができるからだ。以前、運動会の司会を担当した。本番前までは、噛まずにはきはきと台本を見ないで言えるほど完璧に仕上げることができた。しかし、いざ本番となると緊張して話している内容が入らなく、心臓の鼓動が止まらない。そのため、早口になったり、噛みやすくなったりして失敗しやすくなり、より緊張感が高まった。その時、ともに司会を担当する友達が、自分がいつも呼ばれている「あだ名」で声をかけてくれた。その友達の一声によって、練習通り台本を読めばよいのだと考えを改め、硬くてもろかったはずのまるでガラスのような私の心臓は、落ち着き平常心を取り戻すことができた。おそらく、「あだ名」によって、普段と変わらないと自分を錯覚させ、落ち着きを得られたのだろう。
確かに、「あだ名」は差別的だったり、当人が嫌がるような内容だったりすると、いじめにつながる可能性もあるように、武器となりうるという危険性も持ち合わせているので使用を控えるべきかもしれない。しかし、「あだ名」は誰かと親しみやすくなったり、緊張をほぐしたりなどと、たくさんの長所を持ち合わせていて、初対面の人が多い新天地に行くことや緊張する場面は長い人生の中で幾度となく起こることだ。「あだ名」は諸刃の剣である。莫大な恩恵を与える分、扱い方によっては自分自身に悪影響を与える可能性も秘めている。そこで、今後も「あだ名」の扱い方に注意し、よりよい人間関係を気づいていけるよう努めていきたい。