人の目標に対しての力

    ()  年月日

「綺麗に書くかー。」 

 私の四年生の時の目標は、「ノートを綺麗に書く」ということだ。四年生になったばかりの頃、今年に叶えたい目標を学級の授業で考えた。私が目標をそれにした理由は、三年生の時に先生に呼び出されて「字が汚い。ノートも汚い。」と厳しい一言をもらったことだ。漢字ノートの字も汚くて、ノートのまとめ方も自分でわかるくらいグチャグチャだった。でも、そんなふうに言われると悲しくなる。後から考えると、私のために言ってくれたとわかるが、その時は、まるでその先生に勝負に負けたような気分になった。

 そのようなことがあり、四年生の時にノートや字を丁寧に書いて見返してやろうと思い、目標を「ノートを綺麗に書く」ということにした。算数の授業もいつもなら式だけを何も書かれていないところにかくが、授業が始まるたびに、新しいページに書き、図も書いた。また、字が綺麗だとか、goodノートというノートのまとめ方が上手い人のノートや字の書き方を真似した。すると、四年生の一学期の時の成績が三年生の時の成績と見違えるように良くなった。五年生にもなると、私はgoodノートに紹介されるようになった。また、先生に時が上手だねとも褒められるようになった。私は、花が咲いたような晴れやかな気分になった。(笑)

 私は兄に、

「目標を決めて報われたことってある?」

ときくと兄は「そりゃああるよ。」と言って自分の経験を話し始めた。兄は、四年生の時はクラスで一、二を争うほど頭が良かった。しかし高学年位なるほどどんどん成績が下がってきていたことに気が付かず、心のどこかで「自分は頭がいい」と思っていた。が、県の学力調査テストの結果が返ってきた時に、全ての教科が平均点以下だった。両親からも怒られ、考えを改めた。中学生からは秀才と呼ばれるようになると心に決めて、春休みに大好きなゲームやYouTubeの誘惑に勝ち、勉強に打ち込んだ。すると、中学校に入ってから、期末テストでも中間テストでも上位五人に入るほどいい点を取ることができるようになった。その時の喜びは格別だったと話してくれた。

 人間は何か自分にとって大きなことがあり、それに対して何か目標を立てて頑張ると成長できる生き物である。

「あー頑張った。」