あだ名

   中1 あえほあ(aehoa)  2026年4月1日

 「あやんにゃあ~」友達は私を呼んだ。わたしは、あだ名はあっていいと思う。

 その理由は二つあると思う。第一に友達感が出やすくなるからだと思う。実際に、最初は名前で呼び合っていたが仲良くなるにつれてあだ名で呼ぶようになっていったことがある。あだ名で呼び合うことで友達感が出やすくなった気がするなと思うことが私の中で増えたと思う。わたしはあだ名で呼ばれるより、名前で呼ばれることが多いからあだ名は少ないが呼ぶ子は「あやんにゃあ」とか「あやのっち」とわたしを呼ぶ。わたしは可愛いあだ名だからとても気に入っている。逆にわたしも友達をあだ名で呼ぶことがある。それは五年生の時のことだった。仲良しグループ三人組であだ名をつけ合うことになった。全部「かめ」が付いていてわたしは「亀田」だった。友達は「亀丸」、「亀助」になった。それから「亀田さん」と呼ばれたり「亀丸さん」と呼んだり、呼ばれたりした。今、わたしともう一人の友達は「亀田」と「亀助」を卒業したがもう一人の友達は「かめ」までは付けないが名前に「まる」を付けて今でも呼んでいる。このようにあだ名をつけ合うことで、仲が良かったのがもっと仲良くなれる。第二に同じ名前の人を区別するためだと思う。実際に違うクラスだが、名前が同じの友達がいる。例えばわたしが「Aちゃん!」と呼んだとする。でも、Aちゃんは他にもいてちがうAちゃんも「何?」と振り向いてしまうのだ。こうなると少し面倒になってしまう。だからこそ、あだ名で呼ぶのだ。苗字と名前を短く繋いで呼ぶことで区別がつく。これはわたしが考えたわけではないが、誰かが始めたから私もそう呼ぶそうになったのだ。

 でも相手がいやだなと思うようなあだ名はやめた方がいいと思う。その理由は、そうした呼び方が相手を傷つけたり、からかいがエスカレートしていじめにつながってしまうことがあるからだ。あだ名をつける側は、ただの冗談のつもりだったり、場を盛り上げたいだけだったりするかもしれない。しかし、言われた側の気持ちは必ずしも同じとは限らない。たとえ笑っているように見えても、本当は「やめてほしい」と思っていることもある。周りの空気を壊したくなくて、嫌だと言えないまま我慢してしまう人もいると思う。さらに、嫌なあだ名が一度広まってしまうと、それを止めるのはとても難しいと思う。最初は一人だけが呼んでいたとしても、周りが面白がって同じように呼び始めると、本人はますます言い返しにくくなる。そうやって小さなからかいが積み重なると、気づかないうちに深い傷になってしまったり、いじめのような状況に発展してしまうこともある。いじめは突然起きるのではなく、こうした小さな言葉の積み重ねから始まることが多いのだと思う。もし自分が嫌なあだ名で呼ばれ続けたらどうだろう。きっと学校に行くのがつらくなったり、クラスにいるのが嫌になったりするはずだ。たった一つの言葉でも、人の心に大きな影響を与えることがある。だからこそ、相手の気持ちを想像して、安心できる呼び方を選ぶことが大切だと思う。

あだ名は友達感が出やすくなるし名前を区別しやすくなったりするなどメリットがたくさんある。だが、人が嫌がるようなあだ名で呼ぶといじめに繋がってしまうかもしれないというデメリットもあるから注意しなければならないのだ。「良い友人を得たければ、まず自分が良い友人でなければならない」という名言があるようにいい友人になるにはどちらもずっと笑い合えるような同意するようなあだ名を付けなければいけないのだ。