別れの裏側にあるもの
小5 ちぴ(asatihi)
2026年4月1日
「来年度も、同じクラスだといいな。」
目頭が熱くなるのをこらえて、わたしは微笑んだ。
一年生の春休み前、わたしは、親友が外国に引っ越してしまうとすでに聞かされていた。しかし、引っ越すのは二年生の半ばなので、それまで一緒にいたかった。さびしくて、引き止めたかったが、彼女のさびしそうな笑いと、メガネ越しに見えた涙に、わたしはただ固まっていた。
「わたし―ね。あっ、ううん、金曜日に言うね。先生はもう知ってるけど。」
聞かされたのは、秋の落ち葉拾いだった。ベンチでぶらぶらしていると、しどろもどろになる親友がいた。疑問に思って、
「なになにっ。あ、もしかして、引っ越しとか~。」
冗談半分で笑うと、親友は予想外の答えを持ち出してきた。
「―そうだよ。なんでわかるの。」
それは、正解を示す、わたしにとって何よりも怖かった言葉だった。何も言わずに、わたしは涙がたまるのを感じた。怖くて、さびしくて、「まって」と言いたいのに、わたしのくちびるは青く震えたまま、カサカサに乾ききっていた。ずっと一緒だと思っていたのに、「一寸先は闇」である。
「バイバイ。」
いくらその言葉を繰り返しても、駅のホームでは、まだ立ち去れないわたしと、まだ電車に乗れない親友が、改札でうろうろしていた。別れが惜しくて、ずっとたたずんでいたのである。親友がやっと、「また会おうね」とつぶやいて、改札を開いた。振り返らずにいってしまった親友を、わたしは、飼い主に見捨てられた子ネコのような顔をして見送っていた。
ずっと、親友と呼べるともがいなかったわたしは、四年生でやっと、
「ねえ、浅江さん、あ~そぼっ。」
と声をかけてくれた二人の女の子と、仲良くなることができた。親友のことを思い出した。人と人は、別れ、出会う。その言葉を、しっかりと心に刻みつけた。
母に聞いてみた。母はふうんとうなずくと、話し始めた。
「そうね、社会人になってからのことかな。ママは、今とは違う会社にいたの。今とは違って、すっごくいい環境だった。そのときね、友達がいたんだ。だから、店舗わけも同じになりたいなあって思ってたんだよ。」
そこで話を区切ると、母はため息をついた。
「でも、世の中そううまくいかないよね。その子、外国に行っちゃったんだ。もちろん、今でもラインつないでるよ。ただ、もう「本当に会えない」んじゃないか、って思うと怖くてね」
母の話を聞いて、わたしは深く感心してしまった。別れとは、必ずしも出会いがあるわけではない。
このような経験を通して、わたしは、別れとは、出会いがあることもあるとわかった。また、いつも当たり前に会っているからこそ、急におとずれた別れを受け入れられないのだとも知った。わたしは、わかったことをふまえ、いつも過ごしている幸せな日々を、目一杯楽しもうと思った。
「ねえ、ちぴ、いこうよ。」
せかす友人に目をぱちくりさせると、わたしは勢いよく立ち上がって、あとを追いかけた。