私たちは

   中1 あかささ(akasasa)  2026年3月4日

 私たちは、お話を声によって伝達される文学と考えている。ここで扱うお話は、話そのものに文学的な価値があることを前提とする。(ここでは、「私たちの心を楽しませ、人間についての私たちの理解を助けてくれるもの」と表現しておく)そして、「心を楽しませる」ことの中には、内容だけでなく、表現の形式からくる美しさが、私たちの心を楽しませるということも含まれていることを特に指摘しておく。ではそういう作品をどこに求めるかというと、具体的には昔話と創作(主として子供向きの短編)ということになる。語るという点からいえば、このうち、とくに昔話が重要になってくる。昔話は、文学のもとの形といってもよいものであるから、そこには、人間が物語を生み出し、それを支えてきた心の動きや力のもとが内蔵されている。語り手として、もし、良い語り手になりたいと思うならば、たえず昔話にふれている必要があるのではないだろうか。

僕は、3歳ぐらいのころに浦島太郎やおむすびころりんすっとんとん、桃太郎などを読んでもらっていた。僕は、浦島太郎を読んで、最初はお爺さんになってかわいそうと思ったけど、今読むと浦島太郎も悪いかなと思うとはずだ。なぜなら浦島太郎も約束を破ったからだ。もしかしたら浦島太郎は欲張りなのかなとも思う。僕は、カメを助けるのはとても良いと思うけれど約束を破るのは良くないと考えた。

 母に思い出の昔話を聞くと桃太郎だと言っていた。なぜかと言うと桃太郎は川から桃が流れてくるのがまず面白いし、一人で鬼退治は心細いけれど猿、雉、犬らといっているので仲間と協力するといいんだなと思ったと言っていた。また、僕の祖母の実家が岡山県なので身近で、よく遊びに行っていたという理由もあるらしく、行った帰りにはきび団子を買ってもらったり、手提げや巾着(全部袋・・・)などを買ってもらったりしたそうだ。人には昔話に関するいろいろな話があるのだなと思った。

僕は、昔話は日本人が大切にするべきものの一つであり、教訓なのだなと学んだ。だから昔話をよく読み、学びとして受け止めたいなと考えた。