文章全体から、コロナ()という大変な時期に出会った佐藤(さとう)先生との心温まる交流がよく伝わってきます。
先生との出会いのきっかけや、草玩具(おもちゃ)づくりの様子が具体的に書かれていて、読んでいる人もその場にいるような気持ちになれます。
シュロの葉での遊び方や失敗の様子も細かく描写(びょうしゃ)されていて、工夫や努力の過程(かてい)がよくわかります。
「まるで先生の手からハンドパワーがでているみたいだ」というたとえがうまく使われていて、先生のすごさや不思議さが伝わってきました。
また、先生から教わったことを家族や友だちに伝えていることも書かれていて、文章に広がりと深みが出ています。
お母さんの昔の先生の話も入っていて、前の話聞いた話がよく書けていると思います。
最後に、先生の教えがこれからも続いていくという感想があり、書き出しの結びがよく書けています。
全体として、身近な体験を通して学んだことや感謝(かんしゃ)の気持ちがしっかり伝わる、心あたたまる作文です。

項目(こうもく)評価(ひょうか)
内容(ないよう)の具体(せい):とてもよい
たとえの使い方:よい
前の話聞いた話:よい
感想の表現(ひょうげん):「わかった」ことは直接(ちょくせつ)使われていませんが、感想がしっかり書けている
書き出しの結び:よい

内容(ないよう)★ 構成(こうせい)◎ 題材◎ 表現(ひょうげん)◎ 主題◎ 表記◎

字数/基準(きじゅん)字数:1493字/500字
思考点:59点
知識(ちしき)点:51点
表現(ひょうげん)点:67点
経験(けいけん)点:88点
総合(そうごう)点:61点
均衡(きんこう)点:-4点

 


■思考語彙 13種 16個 (種類率81%) 59点
。しかし,。たとえば,あるので,いるので,いれば,からこそ,しまうと,たから,たので,と思う,は考える,伝えるため,見せると,

■知識語彙 21種 53個 (種類率40%) 51点
世代,佐藤,作品,先日,先生,公園,印象,外国,失敗,学校,小学,年生,文化,有名,植物,玩具,草花,身近,近所,道具,阿部,

■表現語彙 85種 157個 (種類率54%) 67点
〇,いろいろ,けいけん,こと,これ,さん,すてき,そう,その後,それ,たくさん,たち,たま,みたい,みんな,よう,ら,わたし,ん,アイス,アイスクリーム,オオムラサキ,ゲーム,コロナ,シュロ,チドメグサ,ハロウィン,ハンド,バッタ,パワー,パーティー,ヤマブキ,一,世代,中,人,人々,今,伝えるため,佐藤,体,何,作品,先日,先生,公園,前,印象,友だち,四,回,外国,失敗,学校,小学,屋,年,年生,思い出,手,文化,方,時,有名,木々,植物,母,気持ち,玩具,穴,笛,茎,草,草花,葉,話,足,身近,近所,遊び,道具,鉄,阿部,静か,頭,

■経験語彙 46種 75個 (種類率61%) 88点
あく,あげる,かざる,きく,くらす,くれる,しまう,たりる,つくる,できる,でる,と思う,ねじれる,のこる,はりつける,は考える,もらう,やる,られる,れる,わすれる,亡くなる,会う,伝える,作る,信じる,出会える,持つ,教える,教わる,楽しむ,歩く,気がつく,生える,直す,知る,続ける,聞かす,聞く,見える,見せる,覚える,通う,遊ぶ,開く,食べる,

■総合点 61点

■均衡点 -4点
 

一人の経験がみんなへ
   小5 あやか(ayanaka)  2026年4月1日

 「何回かやっっていればできるようになりますよ。」

 と佐藤邦昭先生はいつもやさしく言っていた。

 これは、コロナのえいきょうで外出が思うようにできなかった二〇二一年から二〇二二年のことだ。佐藤先生との出会いはコロナがあってこそだ。わたしはお絵かきの先生を通じて佐藤先生に出会った。お絵かきの先生の仕事が、コロナのえいきょうでへってしまった。今後の勉強にしようと思って、先生が草玩具の本を出していくつか作っていたそうだ。ふと、本のそでを見たら、先生の住所がかいてあり、すぐ近くであることが分かった。その場で手紙をかいて、先生のお家のポストに入れたそうだ。その後電話があり、先生もコロナで仕事がへってしまって時間があるので、一度教えにいきましょうといってくれたそうだ。わたしはそのご縁で一緒に教えてもらうことができた。

 シュロの葉は、南の島にあるヤシの木の仲間で、大きなうちわのような形をしている。葉をひらくと、細長く、リボンのようにかんたんにさくことができる葉だ。これを細くさいたニ本をつかって馬やバッタ、トンボを編んであそぶことができる。しかし、一見かんたんそうに見えるが実はこれがとてもむずかしい。失敗してしまうと、バッタの体の頭と足がねじれてしまったり、シュロの葉がたりなくなってしまったり、体に穴があいてしまったりする。でも、それを見せると先生は、何もなかったかのように静かに、あっという間に直してしまったので、まるで先生の手からハンドパワーがでているみたいだと思った。そして、いつも、

 「何回もつくっていればできるようになりますよ。」

とやさしく言ってくれるのだ。

 先生とはその後、草玩具だけでなく近所の公園に生えている木々や草花のことをたくさん教えてもらった。たとえば、オオムラサキの葉で笛を作ったり、ヤマブキの茎で鉄ぽうを作ったり、チドメグサをうでにはりつけて遊んだり、公園の中は遊び道具がいっぱいだった。今でも母と公園を歩いている時、佐藤先生に教わった植物たちがたくさん生えていることに気がついたり、学校で友だちにやり方を教えてあげたりした。先生は身近な植物でもいろいろな遊びができるということを教えてくれたのだと思う。

 先日、母からそんな佐藤先生がお亡くなりになったと聞かされた。たまに、近所のアイス屋さんでも会ったことがあるので、信じられない気持ちだった。佐藤先生が教えてくれたことは今もわすれない。コロナだったからこそ出会えたすてきな思い出だ。

 母にも、思い出の先生についてきいてみた。母は小学一年生の時の阿部先生が印象にのこっているそうだ。阿部先生は、外国でくらしたけいけんをお持ちの方だったそうだ。特に母は学校でハロウィンパーティーをやったことを今でも覚えているそうだ。四〇年前はハロウィンが有名ではなかった。しかし、阿部先生は、トリックオアトリートを教えてくれたり、みんなでヒメリンゴを食べたり、ゲームをして楽しんだそうだ。その話を聞いて、阿部先生は、みんなが知らない外国の文化を若い世代に伝えるためにハロウィンパーティーを開いたのではないかと思った。佐藤先生と阿部先生はみんなが知らないことを知っているので、それをみんなに教えてあげたかったんだとわたしは考えた。

 一人の先生から伝えられたことがらは、たくさんの人々に伝えられ、もしその先生がいなくなってもなお伝え続けられることはすごいことだと思った。佐藤先生がよく通っていたアイスクリーム屋さんには、今も先生の草玩具の作品がかざられている。