いたずらっ子ぼく

   小4 いのはる(inoharu)  2026年4月1日

 「キーンコーンカーンコーン」

 学校の休み時間が終わった。ちょうど10時45分だ。校庭で遊んでいた子は、くもの子をちらすようにしだいと、校舎の中に入って行った。僕たち3年生も鉄ぼうやドッジボールをやめ、教室にもどった。校舎に入るとそこはまるで満員電車のようにこんざつしていた。そこでぼくの友達の大はしは、何か思いついたらしく、すぐさま教室に向かった。ぼくが二階のおどりばに着いた時だ。かべの反対がわからおどかしてきた。

「ばっ。」「びっくりした。」

ぼくはこれをはじめに反対がわから人がおどかせるような場所は、遠回りしておどかされないように注意深く歩いた。だが気持ちがおさまらなかったぼくは、次の日の休み時間に大はしをおどかした。

 ぼくは、お父さんにいたずらをしたことがある。お父さんのけいたいをかくすことだ。少し前から始めて、一週間に一回ていどやっている。ぼくが、見つけるのがかんたんベットの下に入れたり、シンプルに持っていたりするとすぐ見つかり、ゲンコツをくらったり、おこられたりする。しかしむずかしい引き出しの中やぼくの部屋に持って行ってかくすと「どこだどこだ。」とさがし始める。ぼくはいつもそれを、「いい気味いい気味。」と思いながらながめている。でも見つかると同じようにゲンコツをくらったり、おこられたりする。なのでぼくは高速道路を走る車のように全速力で逃げる。ぼくの心の中では、楽しかったな。という気持ちがあった。

 お父さんも、子供の頃いたずらをしたことがあるらしい。お父さんが小学四年生のころ、友達の吉田くんに、コーラのカンを何回かふってからわたしたことがあるそう。そうするとたんさんなので中身が火山のようにふき出してきたそうだ。ぼくはお父さんもこんないたずらをしたんだなと思い、少しうれしかった。

 ぼくはいたずらとは、人間にとって、なくてはならないそんざいであり、やりすぎてはならないそんざいだと思う。人とコミュニケーションをとる時、人は、ちゃんとした人や、おもしろい人、たよりになりそうな人と仲良くなる。いたずらは少しであれば楽しめて心のきょりが近づくので人間にとってなくてはならないものだ。一方、相手にいたずらをしすぎると、いかりがわき出てきたり、あきれて来たりするなのでぼくは、友達にもお父さんにもある程度の上限を決めていたずらをしたい。そうすれば、友達同士の仲が深まって友好関係にいることができる。ぼくはいたずらとは、すぎたるはおよばざるがごとしだと思う。適度なイタズラは仲良くなれて楽しいので、一石二鳥だ。