見て見ぬ振りをしないためには
中3 あかさほ(akasaho)
2026年4月1日
私は通学中にポイ捨てされたゴミをよく見る。お菓子の袋や空き缶などだ。捨てた方が良いとわかっていても、めんどくさいなと感じてしまい、見て見ぬふりをしてしまう。数時間経った後に同じ道を通るとそのゴミは無くなっている。誰かが拾ってくれているのだろう。私は人が嫌がることでもやらなければならないことならできる人間になりたいと考える。
そのための方法として一つ目に挙げられるのが、自分がやらなかったらどうなるのかを想像することだ。私の学校では、中学三年生で行く宿泊体験学習のプランを生徒が考える。中学二年生の10月頃からプランを立て始め、2月には実際に行くことができるプランが決まる。一班4人のグループに分かれてプランを決め、最終的にプレゼンをして、学年で8個のプランが代表に選ばれる。私はグループリーダーを押し付けられてしまった。テスト勉強やバレエの練習などで忙しいので、やりたくないなと思ったが、断れなかった。しかし、今考えてみると、私がリーダーをやっていなかったらプランが完成しなかったかもしれないなと思う。私のグループのメンバーは代表に選ばれたいと言うもののやる気はなかった。何かを頼めばやってくれるが、気がつくと居なくなっていた。きっと次々とやってくる締め切りにも間に合わなかっただろうし、プレゼンテーションも完成しなかっただろう。結局代表には選ばれなかったが、プランは完成して、締め切りにも間に合ったのでよかったと思う。
方法の二つ目は、自分がやると決めたら、そのメリットなどを考えることだ。東日本大震災で、原子力発電所が壊れてしまった事故が起きた。その事故の後、その場所で作業していた人がいた。その人たちもその人の家族もとても不安で怖かっただろう。でも、何かメリットを感じて作業してくれたんだと思う。そのメリットの一つは、多くの人を守れるということだろう。自分がやることで誰かが助かるかもしれないという、自分の行動が意味のあるものになるというメリットを考えたのではないか。二つ目は、自分の役割を果たせるということだ。技術者・作業員としての責任や、「自分にしかできない」という気持ちがあり、 自分の存在価値を感じられたのかもしれない。私にはまだこんなに大きなことはできないが小さなことでも誰かの役に立つかもしれないと考えて行動できるようにしたいと考えた。次に、通学中にゴミを見つけたときには、見て見ぬふりをせずに行動したい。また、地域の公園の清掃なども参加してみようと考えた。
確かに、人がやりたくないことはなるべく見て見ぬ振りをしたい。しかし、人が嫌がるようなことでも、誰かの役に立つかもしれないと考えて、行動することが大切だ。私は人が嫌がることも自分が納得してできるような人間になりたいと考えた。また、「立つ鳥跡を濁さず」という言葉があるように、誰かに迷惑をかけないように自分のあとを機にすることも大切だと考えた。