疑問を持って回避する

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 現代社会で生きて行く上で与えられた情報、タスクに対して疑問を持たずそのまま鵜呑みにすることは、少々危険なことである。なぜならば、情報というものは必ずしも確かなものでは無いからだ。むしろ不確かな物の方が多いと言っても良い。ニュースでもよく見る政治や事件のフェイク動画が代表的なものだ。また、みじかな話題にも落とし穴が紛れ込んでいる。それにハマってしまうと取り返しのつかないコトになってしまうケースだってあるのだ。日頃から、あらゆるものに疑問を持つべきである。

 第一の方法は、目の前にある情報やタスクをすぐに鵜呑みにするのではなく、一度立ち止まって自分の脳で考えてみることだ。私は中学で吹奏楽部に所属していた。先日、中学校生活最後の定期演奏会があった。それもあってか、今回は私の学年の同級生がたくさんきてくれた。私にとって最後の吹奏楽部員としての定期演奏会であったため、しっかり本番に向けて、練習をしていた。ある日、友達から「定演は何時から始まるのか?」という連絡が届いた。私はその時、開場が何時か知らなかったため、部員に聞いてみたところ、四時から開場の話が有力とのことだった。しかし私はこれを聞いた時一つ疑問が浮かんだ。確かに去年の定演は四時に開場だったが、それは直前まで修業式があり在校生の到着が遅れたからだ。しかし、今年は何もない春休みの日だ。こんなに遅い時間に始まるのはおかしい。そう思っていたが、今年はそういうものなのかと思い結局気にしなかった。しかし、その情報が私の親戚に行き渡った後、結局二時開場ということがわかった。それにより、父方の祖父母が来れなかった。私は一度、疑問に思ったにも関わらずそれを深掘りせずに、そのままにしたためこのような結果になったのである。

 第二の方法に、与えられたタスク、方法をそのままやるのではなく自分なりに考え、改良していくことも大切だ。言われた方法が自分に合っているものとは限らない。また、そのことに気づかず、ひたすらそれを続けていればそれこそ危険だ。私は受験勉強で(受験勉強でなくとも)漢字や単語を覚えることにかなり苦労した。何十何百とある文字の羅列を覚えることは私にとってかなりハードルが高かったのである。小学校まで単語、漢字はひたすら書いて覚えていた。「体に刷り込む」というものなのだろうが、ただ書いているだけでは、頭の中に入るわけもなく、漢字テストではかなり低い得点を連発していた。しかし、最近この覚え方をより簡単にかつ覚えやすく改良した。それは、ただ書くのではなく三回音読しながら書き、三十秒ほど単語を見つめるのだ。こうしたところ、飛躍的に点数が伸びた。このように自分でタスクや方法が合っているか確認し改良していくことは大切である。

 確かに素直に言われたことだけやり、情報をそのまま受け取る方が何倍も楽かもしれない。しかしそれは自分で危険な道に片足を突っ込んでいるようなものである。疑問を持つことでそれを阻止できるのだ。疑問とは、ただ立ち止まって考えているのではなく、危険な未来から己を守る防衛手段なのである。情報を活用したりタスクを与えられた際は、自分の楽な方へ流れ、何も考えないで行くのではなく、物事をよく反芻し、疑問を持った上で行動していくべきだ。