心の豊かさとは
高2 あえたき(aetaki)
2026年4月1日
現代では、近くのコンビニに行けば欲しかったものが手に入り、家を出ることがめんどくさければ、ネット通販でボタンを押すだけで数日後には手元に欲しかったものが届く、そんな物に溢れている社会だ。だが物に溢れている一方で、自殺件数は二万人近くあり、決して心の豊かさがあるとは言い難い。心の豊かさを軽視する日本の社会は問題である。
第一に考えられる原因はSNSの発達によって他者の心を考える能力の低下である。SNSの発達は、離れていても連絡が取り合える、さまざまな情報を入手できるなどの利益をもたらしてきた。しかし、こうした利益がある一方で、SNS特有の匿名性が生まれたことで誹謗中傷に悩まされている人もいる。対面で人と接する時は相手の顔を見ながら話す。自分の発した言葉を受け取った相手の反応もすぐ見ることができるし、相手も自分の顔を見ているのだから相手の気持ちを考えながら話さざるを得ない。だが、SNSという互いの顔が見えない場面ではどうだろうか。相手の気持ちを考える気もうせ、ラインなどをするときいちいち相手の言葉の読み取り方なんて考えもしないだろう。実際総務省の違法・有害に関する相談件数の推移を見ると、平成二十七年度以降常に5000件を超えている。これは、匿名性によって他者の心を考えることが難しくなったことが原因だろう。こういったネット上における行動が普通になれば、それは日常生活にも影響が出てくる。SNSの発達は心の豊かさを軽視する原因の一端を担っているだろう。
第二に考えられる原因は資本主義経済の発達により、心より物に価値を置く社会のあり方である。戦後、日本は経済復興を果たすために、心を置き去りにして物の大量生産に努めた。その結果物の豊かさ=心の豊かさという構図ができてしまった。転職サイトのdodaが行った、「あなたの働く理由はなんですか」というアンケート結果を見ると一位が「お金のため」と84.4%、二位は「やりがい、生きがいを感じるため」が18.8%、三位は「自分の成長のため」が18.8%と、お金を目的に働く人が多くいることがこのアンケートから読み取ることができる。これは資本主義経済によって人々が、心の豊かさのためにものを求めるようになり、そのものを手に入れるためにお金を求めるようになったからだろう。しかし、ものが充実していることが心が充実しているとは言い難い。物は求めても求めても際限がなく、区切りをつけることが難しい。物の充実を図ろうとした資本主義経済は心の豊かさを軽視する原因の一つである。
確かに、物質的な豊かさがあれば生活はさらにより良くなる。しかし、「心の豊かさとは、物の豊かさではなく、自らの精神面、そして自らの人間としての在り方が充実していることである」という名言のように、物の豊かさばかりを求めれば、いつしか私たちの心は常に満たされることのない穴の空いた箱状態になってしまう。現代の心の豊かさを軽視する日本の在り方は問題である。