「ふしぎ」と言えば

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「ふしぎ」と言えば、「私」という人間がこの世に存在していることほど「ふしぎなことはない。自分が意志したわけでもなく、願ったわけでもないが、気がつくとこの世に存在していた。「私」のふしぎを忘れた「たましい」のことを忘れていきているひとに「ふしぎ」をわからせる点で児童文学は特に優れている。児童文学には子どもの住んだ五感で捉えた世界が語られている。だから、児童文学を大人にも子供にも読んでもらいたい。現在のような個人主義が進み、生き方をある程度肯定する者にとっては、個人にふさわしい物語をもつ、あるいはつくり出す必要がある。しかし、誰もがそのような物語をつくり出す才能があるわけではない。このようにして自分の人生を生きるとき、死ぬときにあたって自分の生涯そのものが世界のなかで他にはない唯一の「物語」であったこと、「私」という存在のふしぎがひとつの物語のなかに収められていたことに気がつくだろう。自分の人生を豊かに意味のあるものとするために、われわれはいろいろな「ふしぎ」についての物語を知っておくことが役立つのではないだろうか。

 確かに、客観的な指標は大切だ。必ず、競技には勝敗があり、喜びか悲しみかの二択に分かれる。学校の定期テスト返しではテストが返されるとともに、教室が歓喜と嘆きでざわざわとしている。返される前には一緒に点数を競おう、などと話している人も少なくない。そして、点数が相手より高かった人は、喜び、低かった人は悲しむ。ここまでは、点数が高かった方が良いのではと思う。しかし、この後の成果は点数が低かった、敗者が勝者の点数を大幅に上回る。なぜ、逆転の結果になるのか。それは、敗者は勝者よりも悔しさが多い分、次は必ず勝つ、という意思が生まれるからだ。そのため、敗者は日々努力し、次の定期テストでは前回の勝者の得点を大幅に超えていく。そして、その勉強が習慣化されることで学力が向上していくのである。このことは勉強だけではなく、スポーツや生活にも通用する。このように客観的な指標で自分自身を向上させることができる。

 しかし、同時に、人間には他人との比較では測れないものがある。将来の夢で「空を飛ぶこと」を抱いたことはないか。この夢は、他人から見たら、子供っぽいと思われるかもしれない。しかし、この夢があったからこそ一生懸命生きた人がいる。それはライト兄弟だ。ライト兄弟は、飛行機を作った人として世界中で知られている。彼らは、幼いころから「自分たちの手で人間を空へ飛ばす」という夢を抱いていたらしい。その夢を抱いていたからこそ、普段我々が使っている公共交通機関である飛行機が発明されたのだ。彼らのように客観的に他人と比較をしないことで成功した人もいる。

 確かに、人間には他人との比較の中で評価される自分と、自分自身の物語の中でわかる自分とがある。しかし、人生とは自転車のようなものだ。バランスを保つためには、走り続けなければならない、という名言があるように、最も大切なことはその二つのバランスをとって現実の社会をたくましく生きていくことではないだろうか。私は今後もバランスをとりながら、自分自身を成長させていきたい。