疑問を持つこと
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プラトンは、書物は生きたし人間の陰に過ぎないと考えていたが、今日の著作者達は、影の工夫に生活を賭している。習慣は変ってくる。それよりもよく考えてみると、実は、文学者にとってしゃべることと書くこととが、今日の様に離れ離れになってしまったことはないという事実に注意すべきだと思います。優れた散文に、もしかんどうがあるとすれば、それは、認識や自覚のもたらす感動だと思います。今の人々は、疑問を持つことが少なくなってきていると思う。与えられた物をそのまま受け入れ、疑問を持ったり考えることもない。だから、私はもっと人はいろんなことに疑問を持つべきだ。
その方法として、まずは日本の政治や世界の動き方について考えてみるとよいと思う。各国の大統領や総理は自国が良くなるように制作を考えたりしている。しかし、たまに少しずれていたことをしている時もある。今の人たちはあまり政府に興味を持たない。だから、政府が勝手に決めたことについて深く考えずに受け入れてしまっている。だから、日ごろから政治の動きを確認したり、どんな政策どういう理由でしており、それをする必要性があるのかなどと考えてみるとよい。
また、制作を考える際に政府だけで考えるのではなく国民も一緒になって日本のことについて考える場を設けるべきだ。この国には、選挙があるが投票しに行く人はかなり少ない。それでは、国民の意見がきちんと聞けているとは言えない。だから、国民が一緒に考えられる場を設け、もっと国民の声を聞くべきだ。また、選挙に行こうと人が思わない理由をもっと政府側は分析し、今の現状を変えたほうがいいと思う。
たしかに、疑問を持たずに言われたことをそのまま受け入れてしまうことは簡単だ。思考もせずに、指示されたことを実行するだけのマシーンになってしまう。そうならないためにも、自ら考え疑問を持って行動したり発言することが大切だ。