手間を省かない

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 科学文明の発達は、人間の日常から手間をどんどん省く。またこれは、人間が必ず経験しなければならなかった数々の手間を、片端から省いていったからである。人間が人間らしく成長し本来あるべき姿にできるだけ近づくためには、「必要なる手間」が必ずある。手間とはそれを経験した人の個性を伸ばしの人間らしさを増幅させるものなのである。現代では、子供たちにとって、本能的なアンテナを張りめぐらせる必要がなくなってきている。そのため、決定する力がにぶり、清濁の明確な区別もつけられないようになってきている。しかし、生きる喜びとは、感性をとぎすまし、自然の大きさと人間の魅力を日々発見することにあるのだ。このことを通して、私は、手間を惜しまず、自分の手足を使った生き方をしたい。

そのための方法として第一に、機械などに頼らず、自分でやってみることだ。装置ばかりに依存してしまうと、最終的に自分自身では何もできなくなってしまう。そのため、まずは実践することが大切なのだ。実際に、私はマシンに頼らず、自身で挑戦したことがある。私は現在一戸建てに住んでいるが、小学生まではマンションに住んでいた。マンションに居たころ、私はエレベーターをできるだけ使わずに、階段で上り下りをしていた。階段を使うことで、自身の健康には良く、マンションの運営側としても、電気代が減るので、相互利益となるのだ。他にも、小さいころから私はわからないことがあったら、機械を使って調べるのではなく、まず自分で考えることを大切にしている。そのおかげで、私は思考力が高まっている。このように、自分で実践することは大事なのだ。

次に、第二の方法として、学校教育の中にも手間を惜しまない体験型のものを多く取り入れていくことだ。子供の頃から手間を省く教育ばかりをしていると、大人になってから、面倒くさがりになってしまって、無力な人間になってしまう。私は中学一年生の頃、学校で稲を植えて、その育った稲を食べるという教育を受けたことがある。実際、自分が育てた米は他の米の倍、美味しかった。私はこの稲を育てたことで、米を作ることの大変さを知ることができ、米の大切さを学べた。この日から、私は米だけでなく、食事を無駄にすることをなくした。他にも、私の学校は、分からないものは先生にすぐ聞くのではなく、まずは自分で考えることを大切にしている。そのおかげか、私の学校は頭がよい人が多いのだ。また、思考力がある人がたくさんいる。

確かに、便利なものを活用することは大切だ。便利なものを利用することで、時間・労力・精神的な負担を軽減し、生産性を向上させることができるからだ。しかし、「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道」というイチローの言葉もあるように、手間を省かないことのほうがさらに大切なのだ。私も、近道ばかりをして楽するのではなく、手間を省かずに、遠回りをすることも大切にしていきたい。