相互理解への第一歩

    ()  年月日

 枝から離れた果実が地面へ落ちるという事実を目撃したとき、「リンゴに向かって地面が突進してきた」、あるいは「リンゴと地面は互いに行きつけあった」などと様々な想像力働かせることであろう。というように多角的に考え、かつ多角的に言葉によって表現することをレトリックと呼ぶ。そのレトリック感覚というものは発見的な認識には欠くことができないうえに、人をできるだけよく理解するため、新しい視野を獲得するため、相互理解のためにも必要とされることである。以上を踏まえ、私は多角的に考え異なる視点を理解するレトリック感覚をもつことが重要だと考える。

 一つ目の理由としては、話し合いをする際に異なる意見があったとしても、無駄な不要な対立を避けることができるからだ。以前、運動会スローガンを委員会で決めることがあった。先生が候補を4通りほど絞り投票で決めることにしたが、二つの候補で対立してしまった。どんなに話し合っても、何も進展せず、ただ自分たちの意見が正しいとしか言い合っていなかった。そこで、自分が状況を簡潔にまとめ、みんなにほかの立場への理解をすることを促した結果、だんだんと相手への質問が増えていた。そして、どの立場も納得のいく答えを導くことができた。

 二つ目の理由としては、俯瞰的な考えを持ちより多くの立場に理解してもらえる意見を持つことができるからだ。その結果、私の行動に対し不満を持つ人が減ったり、より多くの信頼を得ることができたりする。以前、財政破綻してしまった夕張市の地域再生をしようとする全国最年少の市長の鈴木直道さんについて書かれた本について読んだことがある。地元有力者とのつながり・お金・知名度の三つが選挙では重要であるらしいが鈴木さん立候補した際三つのうち一つもなかった。そこで、寒い中市内の家一軒一軒を周り、市民の立場への理解・信頼してもらうことに徹した。選挙の終盤はひざが痛く、爪も黒ずんでしまったらしい。その結果、努力の甲斐もあり、投票率は80%で多くの支持を得て見事当選した。というように、鈴木さんは多くの人に立場を理解しあうことで信頼を得ることが大切だとわかった。

 確かに、自分の意思をしっかりと持ちまず一つの方向から考えていくことも大切な状況がある。しかし、自分で理解する際には重要かもしれないが、人とよりよいかかわりを持つうえでは、広い視野で考え異なる視点も理解することのほうが大切だ。よって、今後は「自分の考えや意見を相手に伝えるとともに、相手のことを理解し、自分と異なる意見も大切にすること」という言葉が存在するように、新たな出会いの多い中学校生活では多様な視点を受け入れることで、良好な人間関係を気づけるよう努めていきたい。