緑の存在

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 それぞれの目的を気持ちよく、楽しく達成させてくれるのが里山の景観であり、それを達成する野生動物を中心とした自然だ。筆者は、里山を私有財産という枠組みのなかだけで考えていたのでは守れないと考えている。都市に暮らす人びとが、大切な里山を維持してもらえるように山里の人びとに対して相応の負担をすべきではないかと考えている。コリドーとは、野生動物の身体を隠してくれる緑の廊下だ。工事費が多少高くついても、道路の一部を地面より下のトンネルなどにして緑のコリドーをつくる工夫が必要だ。私が一番印象に残ったところは、里山は綺麗だけれど、村のあちこちに立てられている看板が何か殺伐としているという部分だ。

 五年生のときに、お父さんと二人で東京の高尾山に登った。東京は、都会なため、緑があまりないイメージだったが、山には自然豊かな川や木などが沢山あり、東京とは思えないような澄んだ空気でびっくりした。木やふかふかな土の緑を背景に、自然豊かな川の上の橋に登って、涼しい風を浴びながら撮った写真が心に残っている。高尾山に「ゴミは捨てるな」などの看板はなかったけれど、それでも道はきれいで、落ちているゴミもほとんど見当たらなかった。山の人が丁寧に管理してくれているお陰で私たちが自然を実感できるため、私も将来自然に関係する仕事をしたいなと思った。自然は勝手に綺麗になっているのではなく、こうして管理人さんが毎日丁寧に整備をしているから守られていることに気づいた。

 五年生のときの学校の総合の「街をよりスペシャルにしよう」という学習で、私の班は街のポイ捨てのことについて調べた。実際に街を探検して、大きな地図によくゴミが落ちている場所と綺麗な場所とを塗分けた。お店にも協力してもらい、ポスターも掲示してもらえた。区の土木事務所の方に来てもらい、お話しを聞くことになった。

「○○ちゃんの班の活動のおかげだね。」

と友達が言ってくれて、とても嬉しい気持ちになったことを覚えている。私の家の近くの横浜港では、「おさかなの街づくり」という、海の中に魚が集まりやすい環境をつくる取り組みが始まっている。最近は海のゴミも問題になっているため、とてもいい取り組みだから大事にしていきたいなと感じた。しかし、南極ではペンギンの繁殖が失敗しているという問題に直面している。自然は、人間も協力していきながら守っていくことが大事だと分かった。

 緑は人間にとって、気持ちをスッキリさせてくれたり、地球をやさしく覆ってくれる存在である。私たち人間は、マイバックを使う・ポイ捨てをしない・食べ物を無駄にしないなどの身近にできることをしたり、家に植物を植える・落ち葉や枝を自然に戻すなどの自然を増やす行動をしたり、プラスチックを減らす・中古品を活用する・環境に配慮した商品を選ぶなどの地球にやさしい選択をするべきだ。