自然は人間の命綱
小6 あえたし(aetasi)
2026年4月2日
今美しく維持されている里山は、必要なてまひまをすべて里山の人々の善意に負っているのが現状だ。里山には山が荒れて土砂を川に流し込み中流や下流に水害をおこさせないようにする治山という働きや、水を川へゆっくり供給する治水という機能がある。そのような大切な里山を維持してもらえるように、都市にくらす人々が山里の人々に対して相応の負担をするべきではにないかと筆者は考えている。また里山に住んだり訪れる野生動物を保護するためにも、里山に対して人間の側の注意と配慮がもっと必要といえる。
ぼくがこの話を読んで一番印象に残ったところは、里山を維持するためには人間が関わらなければならないという点だ。
住んでいる台北の近くに四獣山という四つの動物の名前がついた山があり、それぞれハイキングコースになっている。虎山にハイキングに行ったときのことだ。ハイキングコースの入口に「平らで歩きやすい初心者コース」と書かれた看板が立てられていた。ぼくは初心者用コースなので、歩きやすく楽しく登れるはずだとうれしくなった。コースの歩道は普通の車道と同じようなアスファルトで固められていて歩きやすいけれど、まるで自然が感じられないので退屈だった。コースを登る途中、鳥の鳴き声も、蝶々一匹も見かけず、さらにぼくは息があがってきて、なんのために頑張っているのか分からなくなってきて、コースがまるで永遠に続くかのように感じられた。ようやく頂上につくと、きれいな景色が広がっていた。しかし、周りの木は、台風が通過した後のように全て切り倒されていた。見晴らしはいいけれど、山の中にいるような感じはせず、このような風景を見るだけならビルの展望台に行けばよいから、せっかくハイキングをしたのにもったいないと感じた。
一方、象山のハイキングコースも台北の中心から近いところだが、ハイキングコースの歩道は整備されすぎていない。コースは舗装されているけれど、コンクリートで固められているわけではなく、土の地面に天然の石の階段があるだけだ。コースの周りはシダや原生植物がたくさん生えていて、鳥の声も聞こえてきて、まるでジュラシックパークの中にいるみたいだった。少し登っていくと、トカゲと蜘蛛が階段の上で戦っているのを見かけた。一番心に残ったのはコースの途中に「一線天」という巨大な岩の隙間を通る場所だ。岩の隙間を通りぬけるのは、冒険しているようでわくわくした。象山ハイキングコースがとても人気なのは、町に近いけれど自然を感じられるからだと分かった。
ぼくは台北の動物園で、台湾の絶滅危惧種である石虎を見たことがある。台湾では数百頭程度しか残っていないと推定され、主に苗栗・台中・南投などの低山地(標高800m以下)に生息し、人間の生活圏と非常に近い場所にいるとされている。石虎の数が激減している原因は、主に道路開発による車との衝突(ロードキル)と生息地の破壊だ。人間と近い場所で生きるため衝突が多い動物だからこそ、単に「自然を守る」だけでなく、社会全体の仕組みを変えることが重要とされている。例えば石虎が移動できるように「生態回廊(コリドー)」を整備したり、野生動物用の通路(アンダーパスなど)設置して、年間死亡数を大幅に減らす目標が設定されている。自分の身近なところにも、数が激減し一刻も早く助けが必要な動物がいることが分かった。そして自分の普段の生活が、このような動物たちに重大な影響を及ぼしていることに驚いた。
人間にとって、自然とは命綱であることが分かった。なぜなら人間が生きるためには、自然はかかせないからだ。だから人間は自分たちの利益ばかりを考えずに、自然に対して謙虚な気持ちが必要だ。立つ鳥跡を濁さず、人間も自然の一部として、これを他人事と思わないで、みんな注意してかかわる必要があるのだ。