医者
高1 ゆうか(akieri)
2026年4月2日
普通の市は、心臓が停止して血流が途絶え、それに続く全身の生命活動の停止として起こる。ところが脳が先に機能停止に陥ることがある。この場合、中枢神経をまとめる脳の死によって全身もやがて死ぬことになるが、人工呼吸器の力でしばらくの間は(そして現在ではかなり長期にわたって)脳死状態の体を「生かして」おくことができる。その「生きている」身体から、それでも臓器の摘出が許されるのは、仲橋にゆだねられたこの臓器も他者の身体に引き取られてしか生きえないからである。そのようなリレーのうち身体的生命はそれ自身うの論理を貫いており、部分身体の受容と復活をとおして、不老長寿とは別の「不死性」のきらめきさえのぞかせている。医者になる人は、大きな決断をしなくてはいけないときがある。その時に適切な判断をしていくために、心の健康を大切にしていくべきだ。
医者は、その状態から少しでも患者のためにできることを考えて行動している。道徳の授業で、脳死してしまって植物状態である人の家族の話を聞いた。医者は、患者を助けようと治療を続けようとするが、患者の家族はもうあきらめており治療をとめようとする。しかし、医者は自ら患者の命を奪うことはできなかった。結果的に、裁判所もそのことについて考え、病院側は人を最後まで助ける義務があるという結果になり、患者の家族側は植物状態である患者の治療をやめる権利があるという形になった。医者は、誰でも助けることができない。だから、精神的にもつらくなる。
少しでも、心を軽くなる方法として人を救えなかった時に深く後悔したり、悲しまないようにするべきだと思う。医者は、いつも、やれることはすべてやっている。だから、何も悪くないのだ。しかし、医者は自分が人の命を救えなかったことについて思い詰めてしまったりする。そこが、一番良くないと思う。だから、考えすぎないほうがよいと考える。患者もそのようなことは望まないと思う。また、休みの日にはリフレッシュしたり、運動したり少しでも心が健康になることをすべきだ。
医者の仕事は、本当に大変である。時々「医者はサイコパスの割合が高い」などと聞くが、それは絶対に違うと思う。医者は、サイコパスではなく、天使だと思う。正直、「医者がサイコパス」だという人は、医者への礼儀なっていないと思う。医者は今までいろんなことで、人を助けてきた。私も、足のけがを直してもらったり風邪を治してもらった。それなのに、そういうことを言うのは少しひどいのではないのかと思う。