火を囲むこと

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 イロリの社交は、家族や客人が同じ火をかこむことで心を通わせる社交であった。一家団欒とは、家族がおなじ火を共有することで成立し、火には人間を近づける不思議な力があった。イロリの四辺には座の秩序があり、戸主のすわる横座、主婦のカカ座、客座や下座などがきめられていた。火を共有しながら世間話をすることは、家庭の健在を示す象徴であった。このような火を中心とした結合は西洋の暖炉にも見られ、同一の火床を共有することが家族結合を強める点で共通している。さらに、調理の火を共有する「同じ釜の飯を食った」関係は、より深い親密さを生み出す。鍋料理や茶の湯も、共通の火と味覚を通して人間関係をつくる文化であり、火は実用性をこえて人間関係を調整する重要な役割を果たしてきた。火は人間の心を和ませてくれる。私たちはこのような非合理的な気持ちも大切にして生きていくべきではないか。

そのためには第一に、自分自身の心の声にしっかりと耳を傾けることが大切である。私たちは日常生活の中で、値段や評判、または周囲の意見など、さまざまな情報をもとに判断を下している。しかし、本当に満足のいく選択ができているかどうかを振り返ってみると、必ずしもそうとは言えない場合も多い。私自身、買い物をするときには、できるだけ直感で「感じのいいもの」を選ぶようにしている。以前、私がシャープペンシルを買いに行ったとき、手に持った瞬間にとても書きやすそうだと感じた。しかし、その商品は思っていたよりも値段が高かったので別のシャープペンシルを選んでしまった。ところが、実際に使ってみると、手になじまず、書き心地もしっくりこなかったため、使わなくなってしまった。この経験から私は、値段や理屈だけで物を選ぶと、あとになって後悔することがあるということを学んだ。一方で、自分の感覚を信じて選んだものは、長く使い続けることができ、飽きが来にくいのだと思う。

また、このような考え方は、個人の生活だけでなく、社会の仕組みにも当てはまるのではないだろうか。現代社会は効率や合理性を重視するあまり、余裕を失いつつあるように感じられる。しかし、非合理的と思われがちなものの中にも、人の心を支え、社会を安定させる大切な役割がある。この文章にもあるように、ルーズベルト大統領は、暖炉の近くでアメリカ国民に語りかけたといわれている。暖炉の火は、単に暖を取るためのものではなく、国民に安心感や親しみを与える象徴的な存在であったと考えられる。

確かに、熱や光を得るといった明確な目的がある場合には、その目的に最も合った合理的な手段を選ぶことは重要である。しかしそれだけでなく、私たちはもっと、自分の気持ちや感覚といった非合理的な部分も大切にしていくべきではないだろうか。「雑草とは、まだその美点が発見されていない植物である」という言葉があるように、非合理的だと切り捨てられてきたものの中にも、見方を変えれば価値ある美点が隠されているかもしれない。私もこれからは、そうした非合理的なものの良さを積極的に見つけ、大切にしていきたいと考えている。