自分を超えた自分になるためには

   小5 みきひさ(mikimiki)  2026年4月2日

 筆者は、まだ小学生の頃、渡良瀬川に泳ぎに行った。その時、どうした弾みか中央に行き過ぎ、気付いた時には速い流れに流されていたのである。筆者は、確かに流されている所は自分の背よりも深いが、この流れのままに流されていけば、必ず浅いところに行くはずなのだと気付いた。筆者は、歯を食いしばりながら一日一日を送るのではなく、むしろ動かない体だから、教えられながら生活しようという気持ちになったようだ。「四季抄 風の旅」を読んで、僕が一番感心したところは、前にうまくいっていたところに戻らなくても、自分にできることをすれば良いというところだ。なぜなら、僕は、今までうまくいかない時には、前の自分に戻ろうとしていたからである。

 僕は、四月の上旬に家で、理科と社会のテキストの暗記がうまくできなかった時にもう一回テキストを読み直そうとした。テキストを読んでいる理由は二つある。一つ目は、読むことで新しい考えが分かる。そして、それが使えるようになるのだ。二つ目は、一回だけでは覚えきれないからだ。

「うわぁー、分からない。」

と、僕は頭をかかえた。何度もテキスト二十ページと資料集十ページを一時間読み続けた。どんどん焦りと苛立ちが倍増し、もう覚えられなくなった。

「ちょっと休憩をしよう。」

と、僕は心の中で言った。そして、休憩後、やっと少しは覚えられるようになった。ふと部屋にある水槽を見ると、中にいたグッピーたちはまるで関係がないような顔をしていつも通り自由に泳いでいた。多分、グッピーは状況が分かっていなかったのだろう。もし、今の自分が四月の上旬にいたら、

「出来ることから始めたらいいよ。」

と声をかけているだろう。なぜなら、この本を読んで、自分に出来ることをすればうまくいくと分かったからである。

 そもそも「出来ることをする」とは何か、インターネットで調べてみた。その意味は、可能な限り行動を起こすことだ。また、「出来ることをする」の言い換えは二つある。「対応できることをする」や「可能なことをする」ということだ。そして、「出来ることをする」は、可能な対策を実施し、自己啓発や目的意識を持つことで出来やすくなるそうだ。僕も今回読んだ本と同じく、自分に今出来ることをするのが良いという意見である。だが、本とは異なり、元に戻っても戻らなくてもいいのではないかと思う。そう考えた理由は、二つある。一つ目は、人によって考えが違うからである。また、二つ目は、安心も必要だからである。確かに、人は出来ることをまずすることで前に進むことができるようになる。一方、前に出来たところまで戻ることで、人は安心できるのだ。今回、僕は、未来の見通しが付かなくなったときには、まず、手が届く範囲のことを行ってみると良いということを学んだ。しかし、僕はそれだけでは足りないと思う。「ずっと続ける」ことが何より大切だと思う。なぜなら、継続することで、身に付くようになるからだ。

 人間にとって可能なこととは、自分で決めるものである。だが、人生、時には、自分が出来ること以上のことにも挑戦しなければいけない時もある。なぜなら、それを恐れて行わないと、成長できないからである。「自律」という言葉の通り、自分で決め、自分でコントロールし、主体的に行動・判断することが必要である。これから、僕は、自分で何をすれば良いか考え、自分から行動したい。

僕は目標に、グッピーは餌に、猪突猛進に突き進んでいる。