一つの見方にとらわれないために

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 人間はふだん、ある一つの視点から物事を捉え、それを正しいものとして言葉で表現しているが、実際には見方によって異なる捉え方が成り立つ。そこで、自分の認識や言葉が一面的であることを自覚し、さまざまな視点から考え表現するレトリックの考え方が、新しい発見や他者理解のために重要であると述べている。

 この文章を読んで僕が一番印象に残ったのは、同じものでも見方によって全く違って見えるという点である。コインは普段円形だと思っているが、横から見れば長方形のようにも見えるという例を読んで、自分が当たり前だと思っていることも、本当は一つの見方にすぎないのだと感じた。また、人は無意識のうちに一つの考え方にとらわれてしまうというところにも納得した。僕はこれまで、自分の考えが正しいと思ってあまり疑うことがなかったが、この文章を読んで、別の立場や視点から考えることの大切さに気づいた。

 このように感じた理由は、二つある。第一の理由は、物事を多角的に見ることで、新しい発見があるからである。物事は一つの見方だけで成り立っているのではなく、視点を変えることでそれまで気づかなかった側面が見えてくることがある。そのため、さまざまな角度から考えることによって、理解が深まり、新しい気づきが得られると考えた。例えば、僕は小学六年生のときに理科の授業で、てこのはたらきについて考えたときのことを思い出した。そのときは、重いものは持ち上げるのが大変だと思い、力が強くないと動かせないと考えていた。しかし先生が支点の位置を変えることで小さな力でも持ち上げることができると説明し、さらに友達が支点を重い物の近くに置いて動かしているのを見て、自分の考えとは違う見方があることに気づいた。また、そのことから、工夫次第で結果が変わるということも理解でき、それまでより深く考えられるようになった。このように、一つの見方にとらわれず、さまざまな視点から考えることで、新しい発見につながるのだと思う。

 第二の理由は、一つの見方だけでは物事の本当の姿を正しく理解できないからである。人は無意識のうちに自分の立場や考え方を基準にして物事を判断してしまうが、それだけでは相手の考えや状況を十分に理解することはできない。そのため、別の視点に立って考えることで、はじめて物事の全体像や本当の意味を捉えることができると考えた。例えば、僕は小学六年生のころ、クラスで委員会を決めたときのことを思い出した。そのとき、ある人が図書委員会に入りたいと何度も主張していて、自分勝手だと思ってしまった。しかし後で話を聞いてみると、その人は本が好きで、みんなに本の良さを知ってほしいという思いがあり、責任をもって取り組もうとしていることが分かった。このように、最初の印象だけで判断してしまうと、その人の本当の考えや気持ちを理解することができなくなると思う。だからこそ、さまざまな視点から物事を捉えることが大切だといえる。

 確かに、一つの物事を深く考えるためには、同じ視点からじっくりと見つめることも必要である。しかし、それだけにとらわれてしまうと、他の見方や新しい発見を見失ってしまうことがある。「井の中の蛙大海を知らず」という名言があるように、狭い考えにとどまっているだけでは、本当の広い世界を知ることはできない。だからやはり、さまざまな視点から物事を考えることで、新しい気づきや理解が生まれるのではないだろうか。このように考えると、多角的に物事を見ることは、自分の考えを深めるだけでなく、人との関係をよりよくするためにも大切なことだと言える。僕はこれから、自分の考えだけにとらわれず、いろいろな見方を意識しながら物事を考えていきたいと思う。