◆〔要約〕はOKです。 【是非(ぜひ)の主題】は『私は物事を多角的に見たほうがいいと思う』という意見。
◆【理由1】『違う(ちがう)味方をすることで気づくことがあるからだ』。コウモリというわざをしているときに遊具から落ちてしまった。かれんさんは痛くて泣き、なぜか面白くてちょっぴりわらっていた。そのかれんさんを見た友だちに「泣いてるの? 笑ってるの?」と聞かれて「どっちも」と答えてしまった。友達は混乱したけれど、一人の友だちが「泣いている」と判断して先生を呼んでくれた。どちらか一つだけの見方ではなく、両方あわせもっているという見方があるといいのでしょうね。
◆【理由2】『違う(ちがう)方向から見たら自分自身、人生が変わるからだ』。失敗を「生かして学んだ」と思うか「ずっと(はじ)だと抱え(かかえ)ていく」のか。考え方一つでポジティブに捉え(とらえ)られるものですね。
◆『物によっては多角的に見ない方がいいものもある』と【反対意見への理解】を示し〈だけど〉と逆接。『私は物事を多角的に見たほうがいいと思う』と【是非(ぜひ)の主題】に戻っ(もどっ)てしめくくれました。

       <<え2018/351pみ>>


きかれんさんの作文は、「物事を多角的に見ることの大切さ」について、自分の考えをしっかりと述べている点がとてもよいです。
まず、身近な体験を通して理由を説明しているので、読んでいる人にわかりやすく伝わります。
特に、遊具での失敗の話は、泣き笑いという複雑な感情を具体的に描い(えがい)ていて、体験実例がよく書けています。
また、違う(ちがう)視点から見ることで見え方や考え方が変わるということが、具体的な例を使って丁寧(ていねい)に説明されているのもよいですね。
さらに、最後に「判断力の質が上がる」「発想が広がる」「批判に強くなる」といった多角的に見ることのメリットをまとめているので、文章全体の説得力が増しています。
きかれんさんは、自分の意見をはっきりと示し、その理由を具体的に述べる力がしっかり身についています。
これからも、自分の考えを具体的な例や理由で支える書き方を大切にしてください。

項目(こうもく)評価】
是非(ぜひ)の主題がよく書けています。
理由がよく書けています。
体験実例がよく書けています。

内容◎ 構成◎ 題材◎ 表現◎ 主題◎ 表記◎

字数/基準字数:1144字/600字
思考点:95点
知識点:70点
表現点:75点
経験点:80点
総合点:80点
均衡(きんこう)点:1点

 


■思考語彙 27種 36個 (種類率75%) 95点
、なぜ,。たとえば,。だから,あるから,いるから,いると,いれば,そう思う,それゆえ,だと,と思う,と考える,ないと,なるから,は確か,は第,は考える,を考える,変わるから,思うかも,思うはず,物によって,眺めれば,立てば,考えるざる,見えるはず,言葉によって,

■知識語彙 48種 72個 (種類率67%) 70点
両方,人生,価値,先生,光景,円形,出来事,判断,努力,友達,味方,問題,場所,多様,多角,失敗,学校,尊敬,展望,年生,必要,意見,批判,探求,方向,日常,時間,棒状,水平,混乱,物事,独身,理由,発想,発見,納得,経験,自分,自覚,自身,表現,視点,言葉,言語,認識,遊具,遠目,長方形,

■表現語彙 104種 184個 (種類率57%) 75点
あきらか,かた,こと,こん,それ,それゆえ,たち,どっち,なか,は確か,ひとり,ほう,みたい,みんな,もの,よう,わけ,ん,コイン,コウモリ,レトリック,一,両方,中,二つ,五,人,人生,何,価値,先生,光景,円形,出来事,判断,別,制,力,努力,化,友達,味方,問題,場所,多様,多角,失敗,子,学校,尊敬,展望,年生,床,必要,思うはず,性,恥,意見,手,手すり,扱い,批判,探求,方,方向,日,日常,時,時間,棒,棒状,水平,泣き笑い,混乱,物,物事,独身,理由,発想,発見,的,目,私,納得,経験,考え,自分,自覚,自身,表現,見えるはず,視点,言葉,言語,認識,質,足,近く,遊び,遊具,遠目,長方形,面,頃,

■経験語彙 41種 70個 (種類率59%) 80点
うる,かける,くれる,さける,しまう,しれる,そう思う,たすかる,ちる,つかむ,てる,できる,と思う,と考える,は考える,ぶら下がる,やる,れる,を考える,上がる,名付ける,吸い込む,呼ぶ,変わる,学ぶ,寝転ぶ,広がる,抱える,探す,気づく,泣く,生かす,眺める,立つ,笑う,答える,聞く,落ちる,見える,違う,離す,

■総合点 80点

■均衡点 1点
 

普段私たちは、コインを
   中1 きかれん(kikaren)  2026年4月2日

  コインは、年中円形に見えるわけではない。水平方向から眺めれば、あきらかに薄い長方形に見えるはずだ。短い棒状に見えるはずだ。私たちは日常において、いつもある視点からある光景をみる。レトリックは、私たちの認識と言語表現のさけがたい一面制を自覚し、それゆえにもっと別の視点に立てばもっと別の展望がありうるのではないか。。。と探求する努力のことでもある。かつ多角的な言葉によって表現してみることである。レトリックは発見的な認識への努力に近い。こんにち、価値の多様化ということがしばしば問題になる。それは、物の見かたの多様性という問題でもある。

 私は物事を多角的に見たほうがいいと思う。

 そう思う理由は第一に、違う味方をすることで気づくことがあるからだ。五年生の頃遊具で手すり棒みたいに扱い友達とちょっと危ないことをしていた。その危ない遊びはコウモリとみんなで名付けた。コウモリは棒に両方の足をかけ手もつかんだら、手を離してコウモリみたいにぶら下がることだ。学校に新しい遊具ができた。コウモリができる場所を探しているとあった。ある日、私はその棒でコウモリみたいなのをやったら失敗し、床に落ちた。その時、私は痛くて泣き、なぜか面白く、ちょっぴり笑っていた。泣き笑いをしていると友達が泣いてるの?、笑ってるの?と聞いてきた。私はどっちもと答えてしまい、私の友達たちが混乱しているなか、一人の友達が私が泣いていると判断し先生を呼んでくれた。私は確かに笑っていたが泣いてもいた. 一人 がみんな混乱している中、先生を呼んでくれてたすかった。そこで、私は考えた。遠目で見ていたら、「あっ、笑って寝転んでいる。」と思うかもしれないが近くで見たら「あっ、泣いている。いたかったのかな?」と思うはず。いろんな視点から見ることが必要だと思う。見ないと人はみんなが笑っていると思っているから笑ってるんだ、と人が納得している意見の多い方に吸い込まれるみたいに自分の考えを考えずただ立っているだけで、何も変わらない。だからこの一人の子を私はちょっとした出来事だけど尊敬している。

 二つ目の理由は違う方向から見たら自分自身、人生が変わるからだ。たとえば、同じ経験をして失敗しても、それを生かして学んだことと思うのか、それともずっと恥だとずっと抱えていくのととても違う。同じ時間だって独身だと考える人もいればひとりやすらかな時間と思う人がいる。このようなちょっとした判断で人は変わる。

 物によっては多角的に見ない方がいいものもある。だけど、私は物事を多角的に見たほうがいいと思う。 なぜなら、判断力の質が上がるし、発想が広がり、批判に強くなるからいいと思う。