ごみの価値

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  私たちは普段たくさんのごみを捨ててきていると思う。しかしそれらは本当に価値のないものなのだろうか。実際には、ごみの中でもリサイクルされ、新たな資源として生まれ変わることがある。私は小学三年生のとき、学校の社会科見学でリサイクルセンターに行った。ペットボトルが服になるということを聞いて衝撃を受けた。ごみは捨てられた瞬間に価値を失うのではなく、人の見方によって価値が決まるものだと思う。だから私は、物事や人のなかにある可能性を見落とさず、大切にできる人間でありたい。

 第一の方法は、すぐに結果を決めつけず、一度立ち止まって、別の見方が出来ないかを考える習慣をつけることだ。同じものでも、使い方が変われば役に立つものになる。「いらない」と切り離すのではく、少し立ち止まってみると新たな発見があるかもしれない。私の家にもう必要ないとおもっていた箱があった。最初はごみとしてすてようとしていたが、別の使い道があるかもしれないと、一度立ち止まって考えた。そこで、小物などをまとめるケースにしたら、意外と役に立つなと思った。資源は無限に出てくるものではない。一つ一つ工夫して大切に使っていきたいと改めて思った。

 第二の方法は人の短所ばかりに目を向けるのではなく、長所などの得意なことに目を向けることだ。ごみを自分にはあまり関わり合いがなく、必要のないものだととらえた。以前クラスに、苦手だなと思っていた子がいた。最初は、その子の話し方や態度が気になり、あまり深くかかわろうとしなかったのだが、同じグループで活動することになり、一緒に話す中で優しい子なのだと気づいた。その後は自然と会話が増え、今では仲良くなることができた。よくない所だけで人や物事を判断してしまうと本質を見落としてしまう。一方で、物事や人の良いところに目を向けると、意外な一面や、魅力に気づくことが出来る。自分自身の考え方も前向きになっていくだろう。多面的に物事を見ることが、生きる上で大切になっていく。人のいいところに目を向けることは人と関わり方を大きく変えるものだと思う。

 確かに、ごみなどのすべてを活かすことは、難しい。しかし、それでも見方を変えれば価値を見出すことが出来るものもたくさんある。「物は見ようによって価値が変わる」という言葉もあるように、一見不要に思えるものでも、視点を変えることで新たな意味や役割を持つことができるのではないだろうか。「価値」は与えられるものではなく見つけるものだ。最初から意味のあるものなど存在しない。昔は人間の命はみんな同じように尊いとは今ほど考えられていなかった。人間が尊いという価値観は自分たちで少しずつ歴史の流れの中で、築き上げてきたものだ。私は物事を簡単に否定せず、良い面を見つけて生かしていけるような生き方をしたい。